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鉄道の記録

C11-66 (鳴門市)

高徳線から直通してきた鳴門線の終点が鳴門駅で徳島県最北の駅でもある。改札口は東側(海側)にあって 出てすぐのところにある線路北側の歩行者通路を通って西側に行けるようになっている 今乗って来たキハ40を眺めながら歩いていくと大きな交差点に出るのでそれを右に進む 鳴門駅西というバス停があるが引田駅行きのバスが停まるだけで徳島駅方面のバスは鳴門駅前から南下してしまうのでここは通らない,引田駅というのは高徳線の香川県にある駅でかなり距離がある。

バス停を過ぎてすぐに左手に撫養第三公園が見えてくる 地元では汽車公園というらしく 撫養第二公園が近くにあるから区別しているのか。撫養は「やむ」と読む 鳴門線の鳴門駅の1つ前が撫養駅というが この公園からはかなりの距離がある。日本各地を走って来たC11が地元の子供会の要請でこの地に保存されることになったのが昭和45年とのことだ 海辺というわけではないが海が近いこともありかなり腐食が進んでいた 公式側はホームのようになっていて下回りがよく見えないのはここでも同じだ。

鳴門駅から歩いて5分ほどの距離で鳴門線の折り返しの間に見学できた。

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(追記)2023年の訪問後すぐに、屋根が撤去されて車体も補修されたらしい、なによりである。

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遠軽公園 (遠軽町)

遠軽駅を出て正面の信号のある交差点を右折してメトロプラザという建物を回り込むように歩いていくと線路の向こうに瞰望岩が見えてくる,そのまま線路に沿って歩き踏切を渡ると遠軽郷土館があって ここには遠軽駅や名寄本線などの資料が残されているので立ち寄ってみると良い。 その郷土館の裏手に遠軽公園があって そこにD51-859とキ282が展示されている。 ちなみに「えんがる公園」というコスモスで有名な公園もあるので注意が必要だ 石北本線で来て遠軽駅から歩くなら間違わないが クルマであればナビへの目的地入力は「遠軽町郷土館」にするのが良いと思う。

見上げれば瞰望岩という場所で 木が生い茂っているがD51-859には屋根がかけられている。デフには遠軽町の町標が描かれている、星は北見国で丸はそれぞれが天・地・人を表しているらしい。 きちんと管理しているようでヘッドライトやガラス窓は割られていない さすがに塗装は白化してきてて錆も出始めているが 悲惨な状態にはなっていない。 
D51には珍しくデッキの左右にコの字を90度曲げた形の手すりが付いていて 切り詰められたデフにはバイパス弁点検用扉が付けられていて運転士側にだけ遠軽町の町章が描かれている。 星は北斗星でここ北見国を表し中の丸はそれぞれ天・地・人ということだ デフへの落書きと批判もあるようだが戦時型のD51をこのように屋根をつけて保存してくれているだけでもありがたいが 実際の手入れは町役場ではなく国鉄OBの方々と聞いてしまって考えが変わってしまった。戦時型らしくドームは角ばっていてランボードも木製だった頃の形のままで作り直してある、ドームの後ろに重油タンクが載っていて遠軽機関区に来てから密閉キャブに改造されテンダーも木製から直されていて形状が微妙に他と違うような気がする。 タブレットキャッチャーが付いてナンバープレートが前よりにずらされたキャブにはバタフライスクリーンが付いていて 他にいろいろ北海道仕様になっている。大きく失われたものや壊されたものもなく状態は良好なほうである。

このD51-859の隣に 屋根は無いがキ282が保存されている,キ100除雪車で分類上は貨車だ。回転窓のついた操作室は除雪翼を障害物の有無により広げたり閉じたりする あとは線路上の雪を掻くための鋤を踏切などで上げる操作だけをする場所でブレーキなどは操作室に無い 機関車が後ろからラッセル車を押して進み さらに機関車からの空気で除雪翼の出し入れを行うシリンダーが車内後部に入っていて空気タンクは屋根上に設置されている。こちらは屋外にあるためか塗装にひび割れが出てきていた。

令和8年8月11日訪問

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オホーツク鉄道車両展示場 (北見市)

北見駅から歩いて10分ほどの オホーツク鉄道車両展示場ではシートが掛けられていなかった。
国道39号線を留辺蘂方面へ歩いてきて五差路の一番左へ入ってすぐ右手奥に DD14-312が見えてきた,塗装修理されたのか 他にキ754やキ229の奥に向こう向きでキハ27-36,南側にスユ15-2033があり奥にヨ4674とワフ29570と7両がきれいに保存されている。 残念ながら先を急ぐためせっかくの公開日だったが その公開前の早朝の訪問となった。 スユ15の車内が何色なのか興味があったのだが。
ここまで綺麗に保存されていることに驚いたが きちんとした計画のもとで活動されているからこそ支持されるのだろう,何らかの手伝いをしたいと思いつつ 道路からの見学だったが満足できた。

令和8年8月11日訪問

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丸瀬布森林公園 (遠軽町)

丸瀬布駅は特急も停車する駅なのだが この駅から丸瀬布森林公園いこいの森へ行くバスは朝7:15の後は14:15と15:30の3往復しかない 列車の到着時刻の数分前に出てしまう時間設定はいかがなものか。朝7時に旭川駅や遠軽駅から到着する列車はないので この町営バスは従業員の送迎用なだろうか 遠軽から上川へ無料の高速道路があっては鉄道で訪問する人は皆無だろう。留辺蘂から峠を越えて直接来れるようだが常紋峠を越えて生田原駅の近くを通り遠軽町へ出て高速をレンタカーで走ってきた。丸瀬布インターは丸瀬布駅より先になるので高速を降りてから少し戻って丸瀬布駅入り口の交差点を右折して湧別川を渡ったらもう1度右折して山間部へ入って行く 丸瀬布駅前からおよそ9キロの距離だ,歩こうと思えば歩ける距離だが お薦めはしない。

ダム湖を左に見るとすぐに 森林鉄道の駅が見えてきて入場ゲートがあるが この入場ゲートはキャンプ場への入り口で一般車はここからではなく少し先から入って一般車用駐車場へ停めることになる 森林鉄道の線路を渡らないのだ。 トイレもあって スハ43-703が休憩室として保存されている。車内にはテーブルが付けられて改造されているが台車や床下機器はそのままだった。

木曽森林の赤沢ではディーゼル機関車が保存されているが 蒸気機関車はここが唯一の動態保存だ。 駅の前にある切符売り場は盛況で家族連れが大勢列車に乗り込んでいる,駅を出るとキャンプ場を一周して戻ってきて保存車庫を一周して駅に戻る8の字に線路が敷かれている。武利意森林鉄道で最後に残った雨宮21号を営林署が処分しようとしたのを町民の方々が売却費用を用立てて解体処分から救い 林野庁が運び出そうとしたのを再び阻止したのち もとの森林鉄道の線路を使っていこいの森で動態保存にこぎつけたが 豆炭や重油ではなく森林鉄道らしく薪を使って走らせているのも良い。
静態保存だがいくつもの車両があって飽きないし 飲食物を売る売店もあって 楽しい時を過ごせそうな施設だ。

令和8年8月11日訪問

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D51-311 (北見市留辺蘂)

北見駅から1時間に1本くらい走っている路線バスで「留辺蘂住民交流センター」で降りるのが近い。このバスで来ると国道から左折する時にD51-311が見える。 留辺蘂駅から歩くならば駅前から右手に入って石北本線のガードをくぐってそのまま歩いて国道39号線の交差点にでると右手に見える。
SL広場や三治公園ではシートが掛けられたままだったので 同じ北見市なのでここもシートが掛けられたままかと思っていたが シートは掛かっておらず,塗装補修されたばかりなのかとても綺麗だった。

密閉キャブにはタブレットキャッチャーやバタフライスクリーンが付いていて なによりガラスが割られていないしヘッドライトのレンズも割れていない。戦前に作られた機関車なので痛んではいるのだろうがきちんと塗装されている よく手入れされていて嬉しい。 なかよし公園の中にあって子供用の遊具もあるが一応チェーンで区切られている。 近くには交流センターがあって広い駐車場もあるのでレンタカーでの訪問が良い。

令和8年8月11日訪問

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D50-25 (北見市)

北見駅の駅前の通りを左に進む,今は商業ビルや市役所になっているが ここにきたみ東急百貨店や北見東急インがあったり 北見工業大学など東急との縁が北見市は深い。 その市役所を過ぎると駐車場の入り口の先に歩道橋が見える この歩道橋からは北見駅に発着する石北本線がトンネルに入る手前で眺められる。
もう少し遠軽方面よりの交差点を左折すると石北本線が地下化される前の名残なのか線路を超えていた陸橋がそのまま残る ここを渡って降りたところに三治公園が左手にあるが D50-25には冬の間かけられていたシートがそのまま外されずにあった。D50は,ここと梅小路の京都鉄道博物館にD50-140が残っているだけだ。どうにか残してほしい気もするが 現実問題として予算捻出はかなり厳しいのだろう 無償ボランティアが現れることに期待か。

令和8年8月11日訪問

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北見市SL広場

北見市のSL広場に近いバス停は「北進3号線」になるが 降りてから500m位歩かなければならない。北見駅から2キロくらいなので バスを1時間から2時間待つのならば駅から30分くらいなので歩いてしまったほうが早いだろう。
ようやくたどり着いたSL広場ではC58-119もD51-444にもシートが掛けられていた。管理を委託していたシルバー人材センターが担いきれないために冬の間かけているシートを今年は外さない つまり公開しないことになったと北見市のホームページに記載されていた 管理してくれる団体が見つからないかぎり公開は無いのだろうが撤去するにも費用が掛かるので 難しい問題だ。 

令和8年8月11日訪問

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EH10-61(大阪市東淀川区)

阪急京都線を淡路駅で降りる。梅田駅寄りの階段を降りると西口改札にしか行けないので河原町駅寄りの階段を降りて地下通路を右に出て東口改札を出る。千里線も交わるこの駅は現在高架工事中で3階が梅田駅や天神橋筋六丁目駅方面で4階が京都河原町駅と北千里駅方面となる予定らしいが完成予定は2036年とのことだ。
改札を出てすぐの商店街アーケードを右に入る、左へ行けばJRの淡路駅がすぐそこにある。アーケードはスーパーがあって終わってしまい区役所の出張所からは住宅地となるが すぐに広い通りに出る正しくは片側数車線とれる幅が確保してある道路予定地だ 阪急線が高架になったら線路の向こうまで開通するのだろう。そこを過ぎて住宅地をさらに進むと右手にEH10が見えてくる,東淡路南公園で 駅からここまで歩いて数分しかかかっていない。

ここに保存されているEH10-61は唯一現存している保存機で,東芝で製造されてから69年も経っているにしてはフェンスに囲まれて屋根もあるので痛んではいるが古希を目の前にしては保存状態は悪くない D型機二両分あるのでとにかく大きくて 初期型と違い量産型なのでパンタグラフが中央に寄っておらず このEH10-61はPS15型のままのようだ 。前後二両の間は幌で繋がれ車内で行き来が出来る構造でその幌の下にある永久連結器が思ったより細いのには驚いた。当初ぶどう色で塗られる可能性もあったらしいが結局黒色で塗られたが さすがに今は色あせが激しくぶどう色と言われてもわからないくらいだ。

令和8年2月22日訪問

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EF15-120,0系新幹線(摂津市)

大阪モノレールに乗りの摂津駅で降りる この駅も改札口は一つでその改札口を出て左側(東側)に進み外に出る そこから右側が摂津市役所方面となる,屋根のある通路を進むと川を渡り さらに進むと階段かスロープで地上に降りる,頭上にはモノレールが通っていてその隣には高速道路が通っている。摂津消防署や摂津市役所を左に見ながら大きな川へ向かって歩道を進むと堤防の高さにあがるスロープがあるので歩道からスロープを上がって堤防のところでモノレールをくぐって高速道路の側道にある歩道で川を渡る。 ちなみに摂津市役所のところにバス停がありかなりの本数が通っているようなので地元であればバスが便利かもしれない。

新幹線公園はこの川の左岸(南側)の堤防沿いにあるのだが,この歩道からは堤防に直接出れないので 川を渡りおえたらそのままスロープを降りて堤防よりも少し先で地上に降りて 今来たところを今度は歩道で堤防まで戻ることになる、 ここにもUターンというような新幹線公園の案内看板があって迷うことはないし,南摂津駅から歩いて来た場合は堤防まで歩けばそこに右に進めという案内看板がある。 堤防を右に進むと 遠くに見えてくるのがまずO系新幹線で その奥にEF15-120が屋根付きで保存されている。

公開日には 管理する方々の案内で 順番にEF15の中に入れてくれる、運転席から側面の通路を通ってもう一方の運転席へ 反対側の通路を通って戻ってくるという機関車内部が一周できる。 内部をこのように公開してくれているとは思っていなかったので季節外れの暑さの中 ここまで歩いてきた甲斐があった。子供達には新幹線の方が人気かと思ったがEF15をも この日来ていた子供達は探検していた。 摂津駅からと摂津南駅から どちらからも同じくらいの距離だが 摂津駅からの方が変化があり何かあれば市役所がある,帰りは摂津南駅へ向かい新幹線車両基地前や大阪貨物ターミナルの前を通り抜けていくのが楽しいかもしれない。

令和8年2月22日訪問

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C11-224(標津町)

西春別から中標津そしてキハ22が置いてある川北を経由して終着の阿寒バスの標津バスターミナルは 根室標津駅のあった場所に近い。 ここから南側へ歩くと標津町役場が左手にあり 右側奥に転車台が見えてくる。 バスで来る場合は「西5条」で降りた方がここへは近いかもしれない。

C11-224が転車台の手前に保存してあったが スズメバチの巣があり近寄るなと仕切られていたのが残念だ。 しかし、保存機として放置されているわけではなく誰かが見回りをしているからスズメバチの巣があることがわかったのだろう 荒れ果てて見ていられない機関車が多い中 ここのC11は綺麗にされている ビニール製の車庫が作られているということは このC11は動くということだ,いまは引き出されて転車台の手前に停まっている。

そのC11も大事にされているが 転車台もきちんと残してくれていることが素晴らしい,上路式で各地で見られたが主桁まで残っているのは珍しい。 梅小路や会津若松そして津山など現役の駅や施設ではないところに 保存や維持にそうとうの苦労があるのだろう。

2025年8月13日 訪問