令和7年11月2日 連休中 早朝の品川駅コンコースは人の姿もまばらで そのほとんどが新幹線改札を通っていく。上野東京ラインの常磐線ホーム9,10番線へ下りると 先に出る高萩駅行きの特急ときわ51号が 各車両に数人づつ乗せて定刻に発車していった,品川駅の9番線が常磐線の特急専用で 10番線は普通電車(中距離快速)が発着する。 空いた9番線に7時21分土浦駅からの特急ときわ52号が到着した これが今回の目的である特急ひたち3号仙台駅行きとなる 仙台駅←[クハE657-16・モハE656-16・モハE657-16・モハE657-116・モハE657-116・サロE657-16・サハE657-16・モハE656-216・モハE657-216・クハE656-16]→品川駅 という編成だ。特急列車の到着を待って7時23分に10番線から土浦駅行きの普通電車が発車していった この普通電車は終着の土浦駅まで特急ひたち3号には追いつかれずに逃げ切る。車内清掃が行われている間に各車両ごとに数人づつ並び始め 7時38分車内整備が終了しドアが開いた。並んでいた乗客が乗ってしまった後のホームには静けさが戻り 時々繰り返される特急の案内だけが響いていた。客層は若い方から年配のご夫婦まで様々だが 日が良かったのか礼服を着られて引出物を持たれたご家族も数組見られたが、出張と見受けられるビジネスマンはここではおられなかった 旅行者ばかりだからか発車間際に駆け込んでくる乗客はなく 全席指定ということもありだれもが席について落ち着いたころ 前を行く特急ときわ51号よりも多くの乗客を乗せて 7時43分定刻に品川駅を発車した。
速度が上がらないまま新橋駅を通過して東京駅8番線に到着,各車両に10人づつ位の乗車があって7時52分発車。続いて上野駅8番線に定刻の7時58分到着し乗務員交代があり数分停車する。上野駅でも10人くらいづつ乗車されてきて それなりの乗車率となって8時丁度に発車した。これからの停車駅などの定型アナウンスの後,車掌のアナウンスがあったが女性で聞きやすい声だった。小高駅から先まで乗車する場合はSuicaのエリアが異なり(改札を)出れないので後から車掌が回った時に車内清算をするようにと注意喚起があった。浪江駅までSuicaエリアになり,大都市近郊区間に大糸線の穂高駅からここまで含まれるようになったので経路は自由となったかわりに途中下車ができなくなった。続いて三河島駅を通過して隅田川駅への貨物線と並走すると車内販売をいわき駅まで行うとの案内があった(特急ときわには車内販売がない,特急ひたちだけある)一通りの案内放送があって,小塚原のカーブを過ぎて南千住駅を通過して直線区間になってなっても速度はあがらない,7分前に上野駅を出た土浦駅行き普通電車が前を塞いでいるとも思えないまま 時々80キロ位で走ったかと思うと30キロ位まで速度を落としたりを繰り返しているうちに金町駅手前で車掌が空席の確認に来た,柏駅に停車するので特急券の確認だろうか。江戸川を渡り千葉県に入って100キロ位まで速度を上げて8時18分松戸駅通過。北松戸駅を過ぎると上下線の間に武蔵野線への連絡線が単線で 新松戸駅を過ぎると武蔵野線からの連絡線が常磐線の下り線と上り線にそれぞれ南流山駅で分岐した側線から複線で接続する(武蔵野線は西船橋方面行きが下りになるので東京駅行きでも下り列車となる)。
東武線が頭上を通り左側に沿うようになり島式ホームが2つ並ぶ柏駅の4番線に7時27分着 ここでは上野駅よりも乗客が多く窓側席が全て埋まるくらいになって7時28分発車。8時31分に土浦駅行き普通電車が先着していた我孫子駅の1番線を通過すると千代田線,小田急線直通の常磐線緩行線用電車が留置されている車両基地が見えてくる かつては松戸電車区所属だったが今も松戸車両センター我孫子派出所と呼ぶらしい ここを抜けてしばらく走り利根川の鉄橋を渡り茨城県に入って取手駅1番線を8時半に通過しキリンビールの工場への引込線跡が左に見えると右にカーブする,そこから両側が開けて田んぼの中の直線区間となり120キロくらいまで速度をあげる 藤代駅手前で交直流切り替え区間を通過し 龍ヶ崎市駅を過ぎて国道6号線が左から寄ってくると列車は速度を上げて130キロで快走する。ひたち野うしく駅付近で上り特急ひたち4号とすれ違う どちらもかなりの速度が出ているので車両の色で特急と判った。やがて土浦駅の単式1番線に8時50分着 この駅止まりの普通電車は島式ホームの2番・3番線に入るものがある。一人,二人の乗客を各車両に乗せて8時51分の1分遅れで発車すると上下線の間が土浦車両センターとなり中距離電車が何本も留置されているのを眺めながら右にカーブして上下線が一緒になり蓮畑の中を130キロで運転して神立駅を通過,普通電車を高浜駅で待たせて切通しを通過するが ここは常磐線を工事する時に土浦駅付近の埋め立てに使うためトンネルではなく切通しにして出た土を土浦駅の工事に使ったらしい。 特急ひたちなので石岡駅を通過する 岩間駅近くで特急電車とまたすれ違う 30分に1本づつ特急が走っている区間では30分ごとに繰り返されるわけだ。左側から水戸線が近づいてきて友部駅構内になるがここも停車はせず9時9分通過する 内原の車両センターを通過するあたりで130キロ出すかと思ったが120キロまでだった。
偕楽園の臨時駅を通過して千波湖が右手に見えると水戸駅は近い,水郡線のE130が留置されているのを左りに見ながら4番線に定刻に回復して9時18分到着。切欠ホームの1番線と2番線が水郡線用で常磐線下り用3,4番線と上り用5,6番線が島式ホームで同じく島式で上り特急専用の7番線と切欠の鹿島臨海鉄道の8番線がある大きな駅だ。 ここからも一人,二人と乗客があるが5人から10人くらい下車されていき9時20分発車 最初に左に水郡線が離れて行き 並走していた鹿島臨海鉄道線が高架になって右に上がっていくとやがて桜川に沿って走り那珂川を渡り緩い登りを苦にせず進み9時23分勝田駅4番線駅に到着 ここで乗務員が交代するので2分停車、その間に各車両に一人二人と乗ってこられて5,6人が下車されていった。発車後しばらくすると左側に留置線と勝田車両センターが見える,久慈川を渡り大甕駅近くで風力発電の風車が見えて9時37分常陸多賀駅1番線に着いた ここは地上駅で1番線が単式で改札口があり島式ホームの2,3番線へは跨線橋で渡る ホームには数人列車を待っていて降車されていったのも数人だったが連休中なのでビジネス客は皆無だからだろう。 家の間から海が見え始めて海が近くなると 島式の1,2番線下りホームと単式の3番線上りホームがある日立駅に9時41分1番線に到着 この駅は海に近く駅舎内に海に面した展望台があって朝日が昇る時はとても綺麗だと評判だ。 ごくわずか数人の乗車と下車があってすぐに発車した。十王駅の手間で初めてのトンネルを通る 比較的平坦な常磐線は蒸気機関車時代には東北本線よりも優等列車が走っていたがトンネルの長さや数も影響したのかもしれない 海が時々みえるがやがて市街地になって高萩駅を通過するが右手の留置線に朝,品川駅で見送った特急ときわ51号が折り返し運転を待って留置されていた。9時55分に茨城県内最後の停車駅となる磯原駅に9時55分到着した 相対式の駅1番線着で数人下車されて一人乗ってこられた。大津港駅を通過するといよいよ福島県に入る。
再び海が国道6号線越しに見える海岸線に出ると福島県だ。 10時12分に泉駅島式ホーム3番線に着いたが乗車下車ともわずかだったようだ 構内には貨物用留置線が数本あるがいわゆる安中貨物というニッケル輸送の貨物列車がなくなり今はコンテナ列車が1本だけ走っているが日曜日は運休なので今日は走っていない。震災前は常磐線を通り仙台方面へ貨物列車が走っていてたが 今はここ泉駅までになっている。泉駅を出ると左側にあった貨物線が1つにまとまり常磐線の下をくぐって小名浜港へ向かう福島臨海鉄道線となる。この辺も常磐炭田が数多くあった場所で その石炭採掘のおかげで源泉が枯渇してしまったという湯本温泉に近い湯本駅には10時17分 地上駅で改札口のある単式ホームの1番線に着いた 2,3番線は島式の上り線ホームとなる 10人くらい下車していかれたが乗車はなかった。次の内郷駅を出て今は綺麗な住宅が並んでいるところに内郷機関区があってEF80が配置されていたが今はその面影はまったくない そのような車窓を眺めているうちに左側から磐越東線が近づいてきてしばらく並走しトンネルを抜けるといわき駅構内に入る。10時23分定刻着 島式ホームが3本,常磐線上り用から磐越東線まで2本づつ並んでいて特急ひたち3号は4番線に着いて 乗っていた半数くらいの乗客が降りていかれて各車両に4,5人乗って来られた 乗務員交代が完了して10時25分発車した。日立駅からいわき駅までは最高運転速度が120キロだったがここからは100キロになるが速度よりも安全に走れることが一番である。
10時33分四ツ倉駅通過 ここから単線となりトンネルに入る。 トンネルを抜けると海岸に出て久ノ浜駅となるが この久ノ浜駅は津波で駅舎が流されている そうここから先が震災で大きな被害を受けたところになる 次の末続駅は高台にあり木造駅舎までは津波が来なかったらしい 海が綺麗に見える駅だけはそのままだった。そして同じく駅から海の見えた広野駅に10時42分到着したが下車された方も乗車された方も居ない無人駅だ。1番線が駅舎のある単式ホームで下り線で 跨線橋で渡っていく島式上りホームの2,3番線で上りの特急ひたちが行き違いのため停車していた。津波被害の大きかった駅の東側にも住宅だけではなくビルも建っているがまだまだ空き地が目立つ。広野駅から複線となり広野火力発電所を右手に見るとJビレッジ駅を通過して木戸駅にて複線区間が終わる 震災からの復旧後はここから岩沼駅で東北本線に入るまで複線区間は無くなった。
単線になって竜田駅を過ぎてトンネルを抜けると右にあるのが福島第二原子力発電所 富岡駅まではすぐだ。発電所も近いが なにより海に近いところにあった為に津波は線路を超えて駅舎を流して より奥まで行ったらしく新しい街が線路の西側にもできつつあったが、海側となる東側はワイナリーが出来てブドウ畑が広がっていた 新しい試みなのだろう そのような富岡駅駅舎のある1番線に10時57分到着 上り線は島式の2,3番線となっている新しい駅だが乗降客はおれれなかったようだ。対向列車が待っていた夜ノ森駅を通過して11時6分島式ホームの上り線側を廃して単式とした大野駅に着いたがここでも乗降客は見られなかった。大野駅から双葉駅までは複線だったが上り線のあったところを避難路とするために舗装されていて道路のようだが外とはフェンスで区切ってあり普段は利用できないようだ。大野駅には津波被害はなかったようだが福島第一原子力発電所に一番近い駅なので復旧工事開始まで数年を要してしまって常磐線の不通区間として最後まで残った地域である。やがて到着した双葉駅も単線化となり相対式ホームの下り線側だけとなり上下線の間にあった中間待避線もなくなり元の上り線ホームは形だけ残っていた そのような双葉駅1番線に11時11分到着,ここでは数人が下車されていった 駅舎は東西両方とも綺麗に再建されたが無人駅である。3駅続けて停車となる浪江駅は駅舎が東側(海側)にあり駅舎前の1番線と島式ホームの2,3番線となり その2番線に11時16分について二人下車されて二人が乗車された。この浪江駅までがSuicaの首都圏エリア内で また運賃計算の東京近郊区間最北端となるので乗車券を買って乗る場合は有効期限が1日となるのでルートによっては新幹線を一部区間利用するかエリア外となる隣の駅からあるいは先の駅まで買った場合の料金と途中下車する予定の駅で分割して購入した場合の料金などを調べてみると良いかもしれない。発車するともう1度Suicaのエリア外となるため車内清算するようにとのアナウンスがあって次の桃内駅を11時21分に通過した 島式ホームの片側を廃した相対式の駅だ。小高駅からはSuicaの仙台エリアとなるがこの駅には中間線があって貨物列車の待避があったのだろうか。11時31分定刻に原ノ町駅到着 駅舎のある1番線に着いて二人下車されて一人乗ってこられた。仙台駅といわき駅との間に普通電車がここで折り返し運転をしており そのための留置線が2,3番線の島式ホームの向こうに見えた 停まっていたのは701系だろうか仙台駅との往復に使われている普通電車だ。つぎの鹿島駅は旅客ホームが終わっても線路はわかれていてこの長さがあれば貨物列車が待避できるのでないだろうか などと考えていると遠くに風力発電の風車が見えた。日立木駅では上り普通電車が待っていてくれて,11時47分相馬駅1番線に到着3人ほど下車された。相対式ホームで中間線もあるが使うことは今のところはないのだろう ここを出ると次は終着の仙台駅だ。乗っている車両では品川駅から乗り通している方は他に居られず 途中の水戸駅やいわき駅などから乗られた方ばかりで旅行というよりは帰省という感じで大きなスーツケースが見当たらないので通路や最後部の座席後ろもふさがっていないので快適で なによりグループ客が居られないので静かなので長時間の乗車も快適に過ごせそうだ。
駒ヶ嶺駅を通過して森を抜け田畑が広がり住宅が左側に見えてきたところの踏切から線路は左へカーブする。右側にはまっすぐに線路があったような痕跡が続いているがそこが元の常磐線だ。上り普通電車が停車していた新地駅は津波で流されたらしいが乗っていた警察官が乗客を高台まで避難させ乗務員は跨線橋に上がっていて無事だったと聞く。その新地駅を11時54分に通過した,相対式の駅だが通過した1番線は一線スルーになっていた。 少し走って川を渡ると宮城県になる 少しづつ左へカーブして海から離れて内陸部へ入っていくが途中で右側に旧山元町立中浜小学校が見える 二階の屋根まで津波が押し寄せたらしいが高台への避難は困難だと判断して屋根上や屋根裏などへ避難して全員無事だったことを後世に伝えるための施設として残されているものだ。そこからさらに内陸部に入っていくが森を抜けると高架となりそのまま単式ホームの坂元駅を通過する 元の坂元駅も津波で流されてしまっているがそこからはかなり内陸部に新しい駅はある。高架線が続きそのままトンネルに入りまた高架線を走ると線路の西側に住宅地が広がって山下駅を通過する 島式ホームだが一線スルーになっているようだ。 ここから右にカーブして元の常磐線の位置に戻り震災でも残った古い駅舎がある浜吉田駅を通過した。亘理駅手前で上下線が分かれてさらに中間線も出来て貨物列車の待避も出来る駅だが それよりも駅の東口にお城を模した郷土資料館があって目立つ。
阿武隈川を渡ると左側に走る東北本線に沿う 仙台駅はもうまもなくだ。東北本線と並んで走るうちに右側に貨物線が合流しそのまま貨物駅があって岩沼駅構内に入る 東口の駅舎前が単式ホームの1番線で常磐線上り専用 島式ホームの2番線が常磐線の下り仙台方面となり特急ひたち3号もここを通過した,反対側の3番線が東北本線の上り線で東北本線の下りは4,5番線島式ホームとなっている。東北本線に入り最高速度も120キロとなるため速度があげて北上する 上下線の間に仙台空港への連絡線が入ってくると名取駅だ,この辺りから住宅地が途切れることはなくなり仙台市に入って南仙台駅を通過し 仙台駅到着と乗り継ぎ列車の案内放送が始まったころ名取川を渡る するとこの鉄橋のところで左から東北新幹線が近づいてきて並走しはじめ東北本線も高架になる 今は再開発されているが長町駅の東側にはヤードや機関区があったことを思い出していると広瀬川を渡る。すると右に貨物線が離れていきビルに囲まれた中を走り仙台駅構内でポイントを渡ることもなく1番線に定刻の12時28分に到着した。 座席定員の半分までは乗っていなかったようだがそれでも普通車9両とグリーン車1両からは大勢のお客さんが降りてこられエスカレーターに長い行列ができた。