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鉄道で道行

大阪モノレール(大阪空港-門真市)

令和8年2月22日,大阪国際空港に全日空便で到着した。 手荷物を預けていないので手荷物受取所を通り抜けてエリア外へ出て,そのまま真っすぐ進んで突き当りを左に折れてすぐ右の通路を進むと大阪モノレールの駅に着く。

改札口は1つで大阪国際空港の到着・出発階と同じ2階にあって、ここまで階段の昇り降りがなく来れる設計はエレベーターやエスカレーターを設置するよりもバリアフリーだ,キャリーケースを牽くにしてもベビーカーを押すにしても段差すらないというのはとても良い。改札を通り発着ホームの3階へ上がる この大阪空港駅の番号は11番で 将来,池田市方面へ延伸することを考慮して1番ではなく11番となっているらしく 実際、今は終点だが線路は先まで延びている。主にホームは空港側の2番線が使われているようで2番線に到着し折返しとなるようで 11時37分発も2番線に停まっていた。運転席は右側にある,この大阪空港駅では左側のドアが開いているが途中の駅は万博公園駅での彩都線は別として島式ホームで発着するため右側のドアが開くので運転席が右側にあるのだろう。

大阪空港駅を1両に10数人乗せた4両編成は定刻に発車した,すぐに左にカーブして高速道路のまたいでさらに左カーブして180度進路を変え少し登って蛍池駅に11時40分に到着した。10人位下車したがその倍くらいの乗客があって単に空港連絡線というわけではないようだ。空港からはスーツケースを持った方が多く乗られたが この蛍池駅からはベビーカーを押した家族連れが多く車内が賑やかになった。東京モノレールは車両の構造上ベビーカーを押して乗った場合に出入口ドア付近に留まるしかないので あまりベビーカーを押している人は居ないが大阪モノレールは床が平らなので奥まで入れるし ベビーカーや車いす用に座席を設置していない部分もある。蛍池駅を出て少し走ると右にかなりきつく曲がって中国自動車道の上に出る 車窓の外はマンションが林立していて それらマンションの6階の高さをモノレールは走って柴原阪大前駅に11時43分到着しお一人下車されて10人位乗ってこられてもまだ席は空いているが立っておられる方が増えてきた。高速道路の上を時速70キロで快調に走って11時46分小路駅に到着,ここでもお一人下車されたが10人以上乗ってこられて混んできた。この辺りを過ぎるとマンションやアパートよりも一戸建てが増えてきたがやがてタワーマンションに囲まれた千里中央駅に11時49分に到着して15人位下車されたが北大阪急行線や御堂筋線からの乗り換えなのか30人位乗ってこられてかなり窮屈になった。様々な世代の乗客を乗せたモノレールはここ千里インターの上で高速道路の南側へ走行位置を変えた。

11時53分,山田駅に着いた 阪急千里線との乗換駅なので ここでも数人下車されて30人位乗車されてきて満員となったが 子供連れの家族が多くにぎやかさが増した。あまり速度があがらぬまま11時57分万博記念公園駅に着いた,ここは彩都線が出ているので島式ホームが2本あり蛍池駅からずっと1番線に着いていたがここ万博記念公園駅も1番線で千里中央駅や大阪空港駅へ向かうモノレールは4番線を発着し間の2番線と3番線が彩都線になるが彩都線は到着すると左右両方のドアが開いて門真市駅方面行きホームが2番線で大阪空港方面行きホームを3番線としてどちらにもそのまま乗り換えられる構造になっている またこの駅はホームが1階で改札階は2階となっていて他の駅と構造が逆になっている,万博記念公園へそのまま行けるようになっているのか。首都圏新都市鉄道 TXにも万博記念公園駅があって あちらは住宅地でさほど乗降客も多くないが こちらは大きな公園や商業施設があって子供連れの乗客のほとんどが下車されていったが20人ほどが乗車されてきて混雑というほどではないがベビーカーを押した人が下車されてスペースが空いたこともあり少し車内に余裕が出来た。パナソニックスタジアムを見て吹田ジャンクションをまたいで12時01分宇野辺駅に着いた二人下車されて一人乗ってこられた。

発車するとJR東海道本線をまたいで左に立命館大学があり続いて大阪貨物ターミナルへ向かう貨物線をまたぐが この貨物線の高架下にある公園にD51が保存されているらしい。そこへ向かう場合の最寄り駅になるだろう南茨木駅に12時3分到着。阪急京都線との接続駅で20人位下車されて10人位乗車されてきたが空席が目立ってきた。住宅と会社が混在する中を進み高速道路の左側へ位置を変えてすぐ沢良宜駅に12時03分到着したが下車された方はおらず5人が乗車された。会社やアパートが立ち並ぶ間を走って摂津駅に着いたのは12時07分だったが ここでも下車される方はおらずお二人が乗車された。新幹線0系とEF15が保存されている新幹線公園へはこの駅からの方が近いような気がするし 案内板も整備されていてわかりやすいと思う その新幹線公園は摂津市役所を過ぎて安威川を渡って左側に見える 大阪貨物ターミナル駅があって東海道新幹線の鳥飼車両基地があって,東海道新幹線をまたぐと南摂津駅に12時11分到着し3人下車されて15人乗車された。この駅から新幹線公園へ行く場合はモノレールの下を歩いていき大阪貨物ターミナル駅を過ぎると土手の手前に案内板があり 土手を右手に進めば新幹線0系が見える。南摂津駅を出ると淀川を渡り京阪国道,つまりは国道1号線をまたぐと大阪メトロ谷町線の大口駅に12時13分に着いて3人乗車されてきて終点門真市駅を目指す。パナソニックの工場があって京阪線をまたぐと門真市駅だ 12時16分着,ここまでの乗客は20人だった。

注意)乗客数などは先頭の1両目だけの数字で4両編成全部の数字ではありません

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鉄道の記録

キハ22 168 (標津町)

中標津の市街地から空港へ向かって標津川を渡って C11のある丸山公園を右手に見て役場を過ぎ 空港は左折となる丁字路の交差点を右に曲がって東へと向かう 市街地から続く道道774号線の北海道らしい風景の中をひたすら走る。 バスはあるが本数が少なく次のバスまで何時間も待っていては訪れられる数も限られてしまうのでレンタカーを借りた。中標津空港から中標津の市街地へ,そして中標津から川北あるいは標津町そして別海町の西春別までは 今日,令和7年8月12日の時点でバスは曜日ごとに運行本数が違うけれど走っていた。

空港の東側を過ぎてしばらく走ると起伏があって森の中を走ると,家が数軒見えてきてバス停があった「上武佐」とあって ちょうどここの道道の南側に上武佐駅跡があるらしいが駅舎が残っているわけではないようだ。そこからしばらく走るとより中標津町から標津町へと入るが看板があったので気づいたが川が流れているわけでも尾根になっているわけでも何もなく 道道なので舗装が変わるということもない。牧草地が増えてきて見通しが良くなると民家が増えてきて派出所やガソリンスタンドがありその先の左手前角が郵便局で左先角が生協の交差点を右折し突き当たったところにキハ22-168が保存されていた。
この場所が川北駅があった場所らしく 今はバスターミナルとなっている。車両をよく見ると痛みがあったり塗料がたっぷりと塗られているが 決して状態は悪くなかった。キハ20系の極寒地向けキハ21の耐寒装備増強車といったところかデッキ付きとなりトイレにはデッキから入る形だ。

ここから当時の標津線は南へ進路を変えて根室標津駅へと向かっていたが,道道へ戻らず保存車の前を東へ おそらく標津線の線路跡を少し走ってから道道863号線を右折して標津町市街へと向かう。川北の集落を過ぎると原野の中をひたすら走って、標識の無い丁字路を左折して標津サーモン科学館の前を経由して行くことにした。

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C11 209(中標津町,丸山公園)

中標津町役場の通りを挟んだ南側に丸山公園がある,中標津空港から根室駅を結ぶ空港バスに乗って二つ目の「中標津町役場前」バス停がこの丸山公園に接してある。 中標津空港近くからここを通って中標津市街地へ抜ける通りで 標津線の中標津駅があった場所跡に出来ているバスターミナルからはこの丸山公園の東側にある牛乳工場の東側を路線バスが通っているようだがバス路線は廃止や変更が多いようなので注意する必要がある,とにかく中標津町役場を目指せばよく 市街地からも歩ける距離だ。

中標津空港から来た場合は左手に中標津町役場があり その隣が広場になっていて交差点に出る、その左前角が駐車場になっていて交差点から少し市街地へ走ったところに駐車場の入り口があって そこに空港バスの停留所もある、中標津の市街地から歩いて来た時は中標津大橋を渡った右側が丸山公園となる C11を目指すならばそのまま通りを歩いて駐車場の入り口を入ればグランドの先にC11がある。 路線バスで来て牛乳工場と町役場の間の道を歩いてくれば町役場の前あたりで左奥にC11がある。これらバスだが民間バス以外に町営バスが走っているが予約制や通学用など制限がある可能性があるので注意が必要だ。

ここに保存されている C11の209号機は 日立製作所の笠戸工場で製造されて 静内機関区に配置されてたとある ヘッドライトが左右2灯となっているのは 静内機関区で日高本線での濃霧対策で2灯式に改造したらしい,その後に釧路機関区へと転属して標津線で貨物列車を牽くようになったとのことだ。また動態保存されていたC11の修理部品もこの保存機から取られたようだ。屋外に屋根なしで展示しているわりには痛みも少ないので どなたかが整備されているのだろう。

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吉備線(総社-岡山,758D)

令和7年12月29日 総社駅から岡山駅へ吉備線に乗る。総社駅から岡山駅までは吉備線の方が距離は短いが所要時間は伯備線と山陽本線 つまり倉敷駅経由の方が所要時間は短い,吉備線が発着する総社駅0番乗り場は伯備線の1番線の新見駅寄りにある切欠き式ホームで行き止まりになっているが,実際には吉備線の線路は渡り線で1番や2番乗り場にもつながっている。折り返し岡山駅行きとなる列車が到着して全てのドアが開いて かなりの下車客があった ここまで乗務してきた運転士が先頭車の運転席に着いてドアを手動に切り替えた エンジンはかかったままだが暖房がさほど強く入っていないため快適な車内は キハ47の2両編成で 岡山駅←[キハ47-2001+キハ47-2003]→総社駅。片運転台の車両のキハ47なので氷見線やJR四国の鳴門線などではキハ40と組んで2両編成になっていたが ここでは片運転台を両側に向けてキハ47同士をつないでいる。2両ともトイレが付いているロングシート車だ。

伯備線の岡山駅行き普通列車が1番乗り場に到着して3人が吉備線に乗ってこられた。その後も次々に乗って来られる方があったがドアは手動式になっているので車内は暖かい 16時21分に車内アナウンスが入った それによると駅では全てのドアが開く,つまりワンマン運転だが下車の時に最前部まで移動して運転士と精算する必要はなく 近いドアから降りて駅の運賃箱へ料金を入れろということらしい 両替の必要がある時は最前ドア前の両替機を使えと運転士が補足のアナウンスをしていた。乗降客がかなりあるので運転士が対応していては遅延してしまうし 通勤通学の場合はICOCAなのだろう ほとんどの人が岡山駅を使うのだろうから。備中高松駅までの各駅を紹介し ここ以降も全てに停車して終点の岡山駅には17時5分に到着するというアナウンスが流れ 約40人くらいの乗客を乗せて定刻の16時24分に758Dは総社駅を発車した。すぐに伯備線から離るように右に大きくカーブするがさほど速度があがらぬまま東総社駅に16時26分到着した ここは相対式ホームで駅舎があるホームが2番のりばとなっている 吉備線が開通した時はこの駅が総社駅だったが伯備線が開通して吉備線が延伸してこの駅は東総社駅となったらしい。対向列車が先着していたが総社駅が事実上ホームが1本だから ここで行き違いをさせてということか およそ10人が下車され同じくらい乗ってこられて定刻にこちらが先に発車した。一駅だけの乗客がかなりおられた758Dの車内は買い物帰りの地元の方がほとんどだが帰省と思られる方や通勤客も数人おられたが、まだ座れないほど混んではいなかった。
住宅地が終わり田んぼの中を走るとやがて服部駅だ 単式ホームに16時31分到着して2人下車されて9人が乗ってこられた,ここを出ると右手に大学が見えてくる 普段であれば学生の利用も多いのだろうか すると今度は左手に高速道路が近づいてくる岡山自動車道だ。しばらく並走し堤防の高さまで上がって川を渡たりそのまま築堤の上を走って足守駅へ,ここからは総社市ではなく岡山市になる。昔,豊臣秀吉が高松城を水攻めにした時に築堤を築いたのもこの辺りだ,足守駅単式ホームに16時36分到着し一人が下車されて十数人が乗って来られたが ホームにはこちらに乗車されず総社駅行きを待っている方も大勢おられた。発車するとすぐ川を渡り 備中高松駅に到着するアナウンスが入ると 大きく右にカーブして南へと進路を変える。右側には住宅地が続くが左側は田んぼでしばらく走ると左側にも住宅が建ちはじめるが この家々の遠く向こうに備中高松城があったと思っているうちに列車減速して備中高松駅構内へ入った 相対式ホームで1番乗り場に16時41分到着し子供さんを二人連れたお母さんが降りていかれた,駅舎があるのは反対側の2番乗り場だ ここで対向列車を待つので2分停車して総社駅行きの到着を待って こちらが先に出発した。駅を出ると左手に大きな鳥居が見えてくるが稲荷神社はかなり遠くて以前は支線が通じていた。 右側に国道が並走しはじめて工場などが見られるが左側は田んぼが広がるうちに頭上を山陽自動車道が横切ると左側は山になり その山裾を走るようになると ICカードを必ずタッチするようにという注意喚起のアナウンスがあって 相対式ホームの吉備津駅に16時46分到着 この駅は跨線橋ではなく備中高松駅寄りにある構内踏切で渡るようになっていて南側ホームに駅舎がある、数十人の乗客があってかなり混雑してきた 座席はすでに全て塞がっているがドア付近に立っておられる方が数人だったのがロングシートの前まで乗車する方が出てきていたが この駅からは押し合いとまではいかないが立っておられる方の左右に余裕ができないくらいになった、地元の方よりも吉備津神社に参拝された帰りだろうかほとんどが観光客だ。

吉備津駅を出るとすぐに踏切があって ここを南へ行くと吉備津神社があるが駅からは少し距離がある。 ここからは左手が住宅地で右手が田んぼとこれまでとは逆になる 発車後すぐに次の駅に着くアナウンスが入るが到着前にもう1度アナウンスがあって備前一宮駅に着いた 単式ホームの小さな駅だがここでも数十人が乗って来られて,より混雑してきた。ホーム側のドアが全て開くので近くのドアから降りて運賃は駅の料金箱へ入れるように ICカードは必ずタッチするように再びアナウンスされたが 駅到着前のアナウンスの時には「桃太郎」のメロディが入ることに気づいた 桃太郎線なのだからか。
次の大安寺駅には16時55分に着いて5人ほど乗ってこられたが 相対式ホームの反対側に対向列車が来るまで3分停まることのアナウンスがあって やってきた対向列車は同じキハ47だがボックスシートがあった。16時59分発車し市街地を少し北上する 山陽本線にある岡山貨物ターミナルは大安寺駅から近いのだが 一旦,吉備線が北上してしまうため山陽本線と離れてしまう。 「桃太郎」が鳴って備前三門駅に17時1分到着した 単式ホームだがホームの両側が道路に面していてどちらも踏切になっている東京の私鉄駅のようだ ここでも十数人が乗って来られて二人降りて行かれた。備前三門駅を出るとすぐに「桃太郎」が流れて岡山駅到着のアナウンスが入り 岡山駅構内に入る手前でもう1度「桃太郎」が流れて到着のアナウンスが入って岡山駅で一番北側になる事実上吉備線専用ホームの10番乗り場に17時5分 定刻に着いた。

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姫新線 (津山-新見,861D)

<佐用駅発津山駅行き2827Dより>

令和7年12月29日,津山駅の3番乗り場に新見駅行き861Dとなる[キハ120-356]が単行で東津山駅側から12時41分に入線してきた キハ120の300番台は2次車でロングシート化されたものを再び一部クロスシートに戻された3次型で新製時にはトイレが無くて列車交換待ちの間に駅のトイレを使えとされていたものが不評をかって車両端部のロングシート部にトイレを後から設置したものでその部分の窓ガラスは塞がれている。ホームでは7人ほどが列車を待っておられてその中には作用駅からの2827Dに乗っていらした方もおられた 車内アナウンスの後,運転士のアナウンスがあってトイレが車両の後ろ寄りにあることなどが付け加えられて(列車交換待ちの間に行かなくて済むと)いるうちに乗客も増えてきて 岡山駅から津山線の快速ことぶきが4番乗り場に到着してお一人がこちらへ乗り換えられてきた。合計20人ほどの乗客を乗せて12時53分定刻に発車した。

津山駅を発車後すぐに右側に転線して姫新線にはいる,左側は岡山駅へ向かう津山線でしばらく並走するので 因美線に姫新線が東津山駅手前で合流して1本になるのとは違いかなりの距離を並走する。津山線が左へそれていくと速度を上げて65キロくらいの速さで市街地を抜け吉井川を渡ると少し登りになるがエンジン音を響かせて加速して70キロまで速度を上げてから丘を下ると院庄駅に12時58分到着 相対式の片側を廃した単式ホームでドアは前後とも開いたが乗降客は無かった そうキハ120にはドアの開閉スイッチが無いので駅では乗車口となる後ろ側と料金の精算を運転士が行うために前のドアから降車と両方とも開くのである。この駅を出ると住宅もまばらとなり田畑が多くなり再び吉井川を渡ると中国自動車道が右側に見えてきて13時3分単式ホームの美作千代駅に着いてお一人降りられて行った,ほぼ真っすぐに田んぼの中を時々農家の軒先をかすめながら走って左にカーブすると上が黄色で下が緑色の抑止信号が見えた 減速すると次に黄色だけの信号があって坪井駅の相対式ホーム1番乗り場に13時8分に着いたが乗降は無かった。この駅を出るとすぐに中国自動車道が頭上を横切っていき列車は山間に入って登りとなるが農家は点在していて国道も平行して通っている 津山市を抜けて真庭市に入って13時15分に美作追分駅に着いたが単式ホームに降り立つ人も列車を待つ人もおられなかったが駅舎前にはロータリーがあってバスが停まっていた。少し登ったがすぐに下り始めると左上に中国自動車道が見えてきた 美作落合駅まで下るのだが集落や道路より少しいところに線路があるので国道や小さな川として民家を見下ろしながら70キロくらいの速度で走るとATSが鳴って13時23分相対式の美作落合駅2番乗り場に着いてお一人下車されたホームは元は島式だったものが1本化されたようで分岐跡が残っていた。美作落合駅を出ると右に大きくカーブして北上しはじめてどんどん加速していき85キロまで上がって田んぼの中を回送して田畑から住宅が増えてきて古見駅に13時28分到着したがここの単式ホームにも乗降客はおられなかった。田畑が減って住宅が増えてきて左にカーブして市街地に入ると久世駅だ,ATSが鳴って相対式1番乗り場に13時33分到着して5人が降りていかれ一人乗車された 駅前にスーパーがあるなど賑わっていて一方駅の裏手には貯木場があって木材が大きくそしていくつも積まれていたが杉だろうか。駅を出てしばらく走ると右手に山が迫ってきてその裾野に沿って走ると右側に導水管があって左側に水力発電所があった。すると徐行区間になって25キロに減速したが右側には崖が迫りいまにも崩れそうだ ゆっくりと進み山裾を抜けるとホームセンターや大きな病院などがある市街地になって中国勝山駅到着のアナウンスが流れるとATSが鳴って13時41分に相対式の2番乗り場に到着し3人が降りられて4人が乗車された,駅舎のある1番乗り場には860D津山駅行きが着いていて先に発車していった。

中国勝山駅を出て川の合流地点を右に眺めているうちに左手が山となり徐行区間となった 左側が崖で右下が川という落石と倒木あるいは川への転落という左右どちらにも要注意の場所をゆっくりと進むが徐行区間つまり速度制限解除となってもさほど速度は上げられずに次の徐行区間になりトンネルに入っても次があるためか速度は上がらないままだったが長いトンネルに入ると速度が上がった 少し登りになって月田駅に13時51分に着いた 単式ホームだが元は相対式だったようで線路は撤去されているがホームは残っていた,そのような月田駅では一人下車されていった。いよいよ山深くなり脇を流れる川も幅が狭くなってきていくつもの徐行区間を過ぎて14時1分に富原駅に着いたがここも今は単式ホームだが元は相対式だったようで線路はないが使わなくなったホームが残っていた 乗降の無かった富原駅を出ても狭い谷合いに民家は続いていたが いつの間にかそれらもなくなり山深くなって徐行区間とトンネル通過を繰り返しているうちに下り始めた ということは新見市に入ったことになる
開けてきて住宅が増えてくるとATSが鳴って相対式の刑部駅に14時12分着いて一人下車されていった 駅舎のある側のホームには貨物用の引込線が残っていて保線用車両の留置か ここから川の右岸を走るが川が進行方向へ流れているので新見駅まで下るだけかと思っていたら 枝が車体に何度も当たる徐行区間を過ぎると少し登りになって単式ホームの丹治部駅に14時18分到着して一人乗せて発車すると80キロくらいまで速度を上げて坂を下るがすぐに徐行区間となって思うようには走れないようだ それでも少しづつ進んでいるので14時25分岩山駅に着いたが乗降客が居ないためでもないだろうがすぐに発車して加速して右に左へとカーブしながら走るのだが新見駅がもうすぐという所まで来ても徐行区間があって中国自動車道が右側に見えてくると自家用車はともかく高速バスにも勝てない理由が運転本数よりも所要時間や利便性なのが実感できた。到着のアナウンスがあって新見の街へ入ってきて右にカーブしながら高梁川を渡ると左側に新見の車両基地があって伯備線が並走して新見駅構内になりATSが鳴って新見駅2番乗り場に定刻14時36分に着いた。島式ホームで芸備線が1番乗り場で2番乗り場を姫新線が使っていて駅舎や伯備線の5番と6番乗り場へは地下通路を通る 3番と4番ホームは無いが中間線として線路はある。

これで姫路駅から新見駅までの158.1キロ 姫新線の全線完乗を終えた,津山駅以外の乗り継ぎは数分で出来て 津山駅ではちょうど昼食時間ということで休憩できる乗り通しには適している運行ダイヤだった。

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姫新線 (作用-津山,2827D)

<播磨新宮駅発作用駅行き4833Dより>

令和7年12月29日の作用駅 JRホームの2番乗り場では[キハ120-339]津山駅行き2827Dが発車を待っていた。智頭急行線の特急から乗り換えられたのかスーツケースを曳いた帰省客が十人ほどと地元の方々数人そして乗り鉄を数人乗せて定員100人のキハ120におよそ40人ほど乗せて11時4分 作用駅を定刻に発車した。智頭急行線と並走して南下するがやがて高架になった智頭急行線の下をくぐり西へ向きを変えて川沿いを走る川を渡って再び川を渡るなど山裾を縫うように走るがこの辺りからが豊臣秀吉ゆかりの山城がいくつか点在する場所になる 昔からここは交通の要所で今も西に津山、東に姫路、北に鳥取、南に赤穂へと抜ける街道が集まる場所で 少し前までは姫新線に急行列車が走っていたことからもわかる。トンネルを抜けるとATSが鳴って上月駅に11時10分到着 一人下車され一人乗車された この駅は相対式で1番乗り場に着いたがホームは山裾にあって反対側の2番乗り場に駅舎があってその向こうに街が広がっている 姫路駅からこの駅までの直通列車もある。 ここを出ると左右の土地が狭くなり川や国道と揃って谷間を抜けて行くが徐行区間がいくつかあって速度を落とすが片側が急な崖になっているなど危険を発見してから停止出来る速度が25キロということなのだろう 確かに防護壁も何もない崖で倒木の危険もかなりありそうな場所だ 徐行区間を抜けてトンネルを抜けまた徐行を繰り返して比較的長いトンネルに入るがこのトンネルが兵庫県と岡山県の県境となる そのトンネルを抜けて開けた場所に出ると美作土居駅に11時21分到着 相対式が廃された単式ホームの駅で相対式で使われていただろうホームの跡が残っていた静かな駅では乗降は無かった。再び国道と川と並んで民家が点在する谷を抜けて走っていると右側に中国自動車道が見えると街となり相対式ホームの美作江見駅1番乗り場に11時28分に着いた下車はおられなかったが2人乗車されてきた 2番乗り場に駅舎があるが「バッテリー」というドラマに出てきた駅だ。ここを出るとドラッグストアの大型店舗があって市街地になるのかと思ったがすぐに山になってトンネルに入ってしまった 抜けると国道や川と離れて北上して単式ホームの楢原駅に停まり その後しばらく走ると再び中国自動車道沿いを走ることになって少し加速すると大型店舗がいくつもあって林野駅に11時33分に着いた 単式ホームで少し離れて駅舎があった 美作市の代表駅らしく30人位が下車されていき7人が乗車されてきたが下車客が多かったので座席にかなり空きが出来た。

ここからは開けた田園地帯を走るので速度が上がり75キロくらい出ていた,ATSが鳴って勝間田駅に 相対式の駅でここは駅舎のあるホームが1番乗り場となっているので津山駅行きは2番乗り場に11時43分に到着して6人が下車されて帰省客がお一人と遊びに行くのか地元の方が二人乗ってこられた。勝間田駅までは暖房が強く入っていて暑いくらいだったが その暖房が切られて過ごしやすくなったが窓ガラスが曇ってしまい外の様子が分かりにくくなってきたが 徐行区間だけは感覚で減速してゆっくり走るのでわかる この徐行区間が繰り返されるのであまり速度が上がらずに西勝間田駅の単式ホームに11時49分に着いた この駅を出ると加速し速度を上げて田んぼの中を走ると川を挟んで中国自動車道と並走するようになり高速道路と少し離れたら美作大崎駅の単式ホームに11時52分に着いて3人下車されて3人乗車された。発車後 徐行区間があって崖がいまにも崩れそうで木がいまにも倒れそうな場所をノロノロと進み これを抜けると大きく左にカーブして津山市街地へと入った 住宅が続き大型店舗がいくつもあって川を渡ると右側から因美線が近づいてきてしばらく並走したのち因美線側に姫新線が接続して単線となり東津山駅まで並走はしないが 因美線が先に出来ていたので姫新線が分かれていくように線路が敷かれているのだろう さほど運転本数も多くない区間なので単線でも足りるというわけか。東津山駅到着前に因美線へ乗り継ぐ場合は整理券はそのまま持って乗り継ぐようにアナウンスがあったので車内精算は乗り継ぐと言えば通してくれるのか 東津山駅では5人ほど下車されていったが因美線に乗り継ぐ方はおられるのだろうか 次の因美線智頭駅行きまで3時間以上あるが 逆に無人駅なので駅舎を出て食事するとか買い物をして列車を待つことができてしまう 正しくは乗車キロによって途中下車が出来ない範囲内であったら駅から出てはだめだろうが 姫新線などの無人駅から乗ってきたために乗車券が買えなかった乗客に短い距離だから途中下車扱いは出来ないと説明する駅員が東津山駅には居ないのだから仕方ない東津山駅相対式2番乗り場から11時59分に発車した。ここからは津山市街をひたすら西に向かい吉井川を渡って丘を越えて再び市街地に入る頃にATSが鳴ってと同時くらいに終点津山駅に到着することの車内アナウンスが流れたがその中で交通系ICカードが使えないことを言っていた これは姫新線の姫路駅から播磨新宮駅まではICOCAが使える,つまり改札を通れるが播磨新宮駅から津山駅の間はICOCAの利用可能エリア外となるので姫路駅から播磨新宮駅までの駅から交通系ICカードで津山駅で出場しようとすると山陽本線岡山駅経由の料金を引かれることになるので 姫新線で津山駅まで来た場合はICOCAで出場できないとしているのだと思われる。津山駅でICOCAで出場できるのは津山線で来た時だけだ。遠くに扇型庫が見える津山駅の3番乗り場に12時3分定刻に着いた 島式ホームが2本あって駅舎はホームから離れてあり跨線橋で線路を渡るのだが東津山駅寄りに階段があり実際に列車が停まるのは新見駅や岡山駅寄りなので列車停車位置と跨線橋の階段が離れていて少し歩く 以前は地下通路でつながっていたと思うが今は無かった。
改札口を出ると待合室にセブンイレブンがあるが改札外なので途中下車できない乗車券だと利用できない トイレは改札内にあった,外に出ると右側のバスターミナルの方にC11-80が保存されている 扇型庫の残っている津山まなびの鉄道館へは津山駅には南口や南側へ渡る通路が無いので駅舎を出てロータリーを左側へ回り線路に沿って新見駅方向へ歩いて行って踏切を渡ってから住宅地を抜けていくことになりかなり遠回りとなる,DE50やキハ52など貴重な車両が車庫に収まっているものを正面からだけ見れる施設なので列車の待ち時間で足りると判断するかは津山駅から東西南北に延びる路線のどちらへ次に向かうかで見学時間が決まる 岡山駅へ向かう津山線ならば本数も多いのだが。

<津山駅発新見駅行き861Dへ>

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姫新線(播磨新宮-作用,4833D)

<姫路駅発播磨新宮駅行き1831Dより>

令和7年12月29日 姫路駅からの1831Dが播磨新宮駅の2番乗り場に9時40分に着いた,佐用駅行きの4833Dは10時27分発なので少し待ち時間がある。ここまで乗ってきたキハ127が2番乗り場から1840Dとなり10時2分に10人くらいを乗せて発車していったのを見送って1番乗り場で佐用駅行きを待っていると踏切が鳴りだした さきほどまではキハ127がエンジンをかけて停まっていたので聞こえなかったが列車の無い播磨新宮駅は静かで 今はじめて踏切の音が聞こえたが作用駅からの列車が着くには早すぎると思っていると踏切が鳴っているのは東觜崎駅の方だが1833Dが着くのは10時23分で まだ時間があると思っているとキハ127が1番乗り場に10時12分に回送されてきた、そう今日の4833Dは折り返しではなかった(通常は折り返しのはず)。4833Dは 播磨新宮駅←[キハ127-1006+キハ127-6]→作用駅の2両編成だ、本来折り返すはずの作用駅からの4842Dは3番乗り場に定刻の10時20分に着いた 通常では島式ホームの3番乗り場に着いて姫路駅からの列車が2番乗り場に着くのを待って乗り換えが楽にできるようにするはずだ 着いたキハ127は故障しているようには見えず 検査などで運用を外れるのならその日の運用途中で外すとも思えず また事故があったのなら代替車両がちょうど良い具合に回送してこれるわけがないような気がする まあ何か理由があるのだろうと考えていると 車内アナウンスが流れICカードが使えないのと後ろの車両のドアが開かないことなどを伝えていたが 他には3人のお客さんしかおらずみなさん地元の方々に見えた。2番乗り場に姫路駅からの1833Dが10時23分に着いて大勢の方々が乗り換えて来られて 座席定員の半分くらいが埋まった。乗り継ぎ客が席に着いたのを待っていたかのうように運転士のアナウンスがあって作用駅で津山駅行きに接続することが付け加えられて案内された。

播磨新宮駅を定刻の10時27分に発車した,素麺の工場が終わると右手に山が迫ってきてその裾に沿って登りとなるが左側は田んぼになりその向こうに住宅が見えていたが やがて国道が川を渡っていって栗栖川沿い左岸を姫新線は走る。右側に点在していた民家が途切れて田んぼの真ん中にある 相対式ホームの片側が廃されて単式ホームとなった千本駅に10時32分到着したが乗降客はおられなかった 次の西栗栖駅手前でATSが鳴って相対式ホームに10時37分到着したがここの駅でも乗降なしだった。この西栗栖駅で運転士がブラインドを下げたので ここから山間部に入りトンネルがあるのだろう,しばらくまっすぐに走ると川を渡って左カーブして山に向かうと国道が頭上を越えていくとすぐ列車はトンネルに入った。トンネルを出て別の水系になったのか小さな川に沿って走り始め やがて下りとなってATSが鳴って三日月駅の相対式ホームで駅舎の無い側に10時44分に到着し二人乗車され二人下車されていった。駅を出ると左側に流れる川とは別の川を鉄橋で渡り 川に沿って線路は田んぼの真ん中から山裾をかすめながら進み結構長いトンネルを抜けると播磨徳久駅だ。ここも相対式の片側が廃されて単式となった駅らしく10時51分に着いて右側のドアが開いた,この辺りでは製材所がいくつかあって切られた木材がいくつも積まれていて 民家の屋根に雪留が付いているのも見かけられた。 かなり長いトンネルを70キロくらいまで速度を上げて走って抜けるとすぐ右側に国道179号線が通っていた下り坂を快調に走ると右側から智頭急行線が近づいてきて有名な大イチョウの木を過ぎると作用駅だ。作用駅はJRと智頭急行線の駅だが線路はつながっていないが共用駅でJR西日本の管理下らしい その島式ホームの1番乗り場に定刻の10時57分に着いた その反対側2番乗り場には数分前に津山駅から着いた2826Dが行先表示が「作用」のままで停まっていた。 智頭急行線も島式ホームで4番乗り場には特急スーパーはくと3番乗り場に特急スーパーいなばが11時丁度に着いて交換を行うので姫新線は両列車とも11時4分発なので 作用駅の4つのホーム全てに形式の異なる気動車が勢ぞろいする(キハ187,HOT7000系,キハ120,キハ127)

<作用駅発津山駅行き2827Dへ続く>

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鉄道で道行

姫新線 (姫路-播磨新宮,1831D)

令和7年12月29日 姫路駅のコンコースから改札を通ると,中間改札として姫新線と播但線の乗り換え改札がある。姫新線はワンマン運転で運転士が精算を行わないことから 不正乗車対策として少なくとも姫路駅までの料金は払ってもらおうと設置したのだろう。エスカレーターでホームへ上がると 姫新線が西側で播但線が東側と1本のホームを共用している 1,2番乗り場が播但線で2番乗り場は切欠き式となっている この播但線ホームの西側が姫新線となっていて 播但線の1番乗り場が姫新線の3番乗り場で切欠き式になっているがこちらは外側に通過線があり架線も張られているので播但線の車両が停留しているし姫新線が直接播但線ホームに入れるような構造となっている。

姫新線ホームへ向かうとJR西日本のホームページにある姫路駅時刻表では3番乗り場発となっていたがキハ127は4番乗り場に停まっていた 姫路駅←[キハ127-1002+キハ127-2]→播磨新宮駅とキハ127系の2両編成で先頭車となる0番台の車両にはトイレがある。ドアは手動式になっていてボタンを押すとドアが開いたがエンジンが掛かっていて暖房が入っているためとても暖かい車内は 片側が1席だけと通路を広くとっているが転換式になっていてキハ110のように固定されていないのでお見合いシートにはならないのと座席間隔が広いのだろうか座っていても窮屈ではない。発車を待つ間に3番乗り場に播磨新宮駅からの1834Dが8時59分に到着した 満員だったようでしばしホームはすごい賑わいとなったが下車客が階下へ降りていってしまうと姫新線ホームはキハ127のエンジン音だけとなった。1831D姫路駅発播磨新宮駅行きはほんの少しの空席だけでほとんどの座席が埋まるくらいの 家族連れやスーツケースをひいた旅行者など様々な乗客を乗せて9時10分定刻に姫路駅を発車した。

3番乗り場からの線路と合流して退避側線を収めると山陽本線の上りへの渡り線があった 姫新線から山陽本線へ直接入れるように線路が敷かれていて 架線もここまで張られていた。単線となり山陽本線と並走し80キロくらいまで速度を上げて南へカーブしながら新幹線の下をくぐると高架を降り始めて山陽本線と別れて北西へと向かう 住宅地の中を走るが左手から山が迫ってきて山裾をかすめてすぐ播磨高岡駅に9時13分到着,相対式の駅で北側が一線スルーになっているようだが1834Dは南側のホームに着いて1人乗車されて数人が降りて行かれた。発車後すぐ国道2号線をくぐりぬけてひたすら住宅地の中を進むと今度は右手に山が見えてきてその山裾を抜けると夢前川を渡る この川の少し上流に御立公園があってC57の5号機が保存されているが次の余部駅からは山を迂回する必要があり歩くならば余部駅からこの夢前川まで出て堤防をひたすら北上することになる。その余部駅も相対式で構内踏切があって駅舎がない側の1番乗り場に9時17分に着いて3人ほど下車された,姫路駅から二駅目だが ここまでの区間運転列車が通勤通学時間帯に多く設定されているが この時間は1番乗り場に播磨新宮駅からの列車が満員の乗客を乗せて先に着いて待っていた 山陰本線の餘部駅はここよりも後にできたため漢字表記と読み方を変えたようでこちらが元祖ということになる。ここを出ると右手に線路が分かれて行って車両基地がある 姫新線専用車両のキハ127が何編成も出番を待っていた。発車するとやがて西へと進路を変え住宅地が終わり山間に入っていくがさほど速度も落ちずに 相対式ホームの太市駅1番乗り場に9時22分に到着した乗車は無く3人ほど下車されていかれた。山間になったのでエンジンが唸りをあげて登り始めると右手に山陽自動車道が近づいてきて峠越えのためトンネルに入って姫路市からたつの市になる。トンネルを抜けてしばらくするとたつの市街が見えてくる 住宅地の中で進路を90度曲げて北へと向けると本竜野駅になる。9時29分相対式ホームの1番乗り場に着いたがこの駅は橋上駅で 駅の西側に線路が残されているが旧駅の跡か この駅では4人が乗ってこられて15人ほどが下車されていったが反対側の2番乗り場ではかなりの方々が姫路駅行きを待っておられて利用者はかなりなものだが無人駅らしい。

2分停車していた本竜野駅を出ると少しづつ住宅が少なくなりやがて大きな工場が見えてきて東觜崎駅に9時34分到着。この駅に到着する前に車内アナウンスにて「駅係員に切符を渡せ」という駅員が居るようなことを言っていたが反対側の2番乗り場に姫路駅行きが到着したため駅舎を確認できなかった 上下線とも9時35分発車だがこちらの列車では乗降客はなかった。発車後すぐに 左へカーブして揖保川を渡り川沿いを北上する 播磨新宮駅到着のアナウンスが流れる川から離れて左にカーブして住宅地に入るとすぐ播磨新宮駅に定刻9時40分に着いた。折り返し列車となる この1831Dは島式ホームの2番乗り場に着いたが姫路駅行きを待つ乗客の方が数人おられた 佐用駅方面へは単式の1番乗り場から発車と無人の改札口上にある発車案内表示にあったので 上月駅からの4842Dが1番線に着いて折り返すのだろうと思っていたのだが違った。

<佐用駅行き4833Dに続く>

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鉄道の記録

鶴居村営軌道

釧路駅から路線バスが数本あるが平日と土日で運行が変わるようで利用する際はよく調べてからの方がよさそうだ,路線バスは釧路駅始発ではなく市立病院から来る。 連絡バスが満員になって乗り損なう事がある釧路空港からレンタカーを利用すれば釧路市街を通らずに鶴居村へ行ける。 釧路市と阿寒湖を結ぶ国道からは離れていて、釧網線の四標茶駅や摩周駅からも距離があるのでレンタカーならば鶴居村から先へそのまま向かうのが良さそうだが阿寒湖や北見方面へ抜けるには迂回するか峠越えとなる。

新富士駅から今の鶴居村役場がある辺りまで線路で結ばれていたらしく、途中の下幌呂というところで西に支線が分岐していたらしい。この廃線跡の一部が釧路湿原の遊歩道になって残っているようで、鶴居村と釧路市をつなぐ道道からは少し東側に線路が敷かれていたようだ。鶴居村役場より少し先まで路線バスは走っているが「役場前」で降りてセイコーマートのある交差点を東へと入る 診療所があってその次に目指す「ふるさと情報館」があるのだが大きな建物は目立つが案内看板は小さいものが入り口にあるだけで注意してみて行かないと行き過ぎる。この入り口からは保存されている車両が見える。

8tディーゼル機関車は札幌市にあった泰和工業製で 同じくこの会社で作られた鶴居村村営軌道の6tディーゼル機関車が丸瀬布で動態保存されていて兄弟車だがこちらは動かない。その隣りに自走客車も展示されていて出入口ドアに向かって階段があるので車内に乗ることが出来るようだ。別海村営軌道の自走客車は釧路製作所製だったが ここの自走客車は機関車と同じく泰和工業製なので 少し違う。こちらの自走客車も朝顔カプラーが付いているのでミルクゴンドラ車を牽いて走ったのかもしれない。機関車と自走客車には屋根がかかっているが 他に有蓋車が1両置いてあるが、これが機関車などよりも塗装が綺麗で訪れた時は塗装修理されてすぐだったのだろうか 小さな車輪の台車の上に大きな荷物室が乗っていてアンバランスな何とも言えない味わい深さがあった。
「ふるさと情報館」には図書室の他に展示資料室があり鶴居村営軌道の展示もあって当時使われていたミルクタンクの展示もあった。

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鉄道の記録

浜中町営軌道

根室本線の茶内駅には浜中町営軌道の資料が展示されている,この茶内駅では一日に上下5本しかない列車のうち日中の4本がこの駅で列車交換を行う 2,3時間の列車待ちは見学するのに丁度良い待ち時間となるかもしれない。
当時の国鉄茶内駅の北側に簡易軌道の駅があり根室方面に牛乳工場があって引き込み線で繋がっていたらしく簡易軌道は工場の手前で左にカーブして北上していったようで 今の駅前の真っすぐな通りとはずれていたようだ。
駅前から起伏があって先は見通せないが真っすぐな道を1キロほど歩くと右側に浜中町農村運動広場というグランドと体育館があって そこの駐車場に車両が展示されている。

8tディーゼル機関車が展示されていて 他に自動客車の台車だけが置いてある。運行当時は生乳を運ぶためのミルクゴンドラの他にタンク車もあったようだが展示はされていない,この浜中町営軌道は秩父内駅から西円朱別と東円朱別へと分かれていたが東へ進路を変えて東円朱別駅へ向かっていた路線はやがて延長されて別海町の上風連駅まで走っていたらしいが,別海村営軌道の上風連駅とは別で 場所もかなり離れていたらしいが 浜中町営が別海町まで走っていたというのは面白い。

この展示されている浜中町農村運動広場だが 道路をはさんで反対側に茶内中学校があるのでレンタカーなどで訪れる際はナビにこの中学校を設定するのが良い。茶内駅はここから約1キロ離れているので市街地を通過するように案内されるおそれがある。国道44号線を走ってきてセイコーマートのある交差点を曲がるとすぐ左側に機関車が見えてくる。