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姫新線 (津山-新見,861D)

<佐用駅発津山駅行き2827Dより>

令和7年12月29日,津山駅の3番乗り場に新見駅行き861Dとなる[キハ120-356]が単行で東津山駅側から12時41分に入線してきた キハ120の300番台は2次車でロングシート化されたものを再び一部クロスシートに戻された3次型で新製時にはトイレが無くて列車交換待ちの間に駅のトイレを使えとされていたものが不評をかって車両端部のロングシート部にトイレを後から設置したものでその部分の窓ガラスは塞がれている。ホームでは7人ほどが列車を待っておられてその中には作用駅からの2827Dに乗っていらした方もおられた 車内アナウンスの後,運転士のアナウンスがあってトイレが車両の後ろ寄りにあることなどが付け加えられて(列車交換待ちの間に行かなくて済むと)いるうちに乗客も増えてきて 岡山駅から津山線の快速ことぶきが4番乗り場に到着してお一人がこちらへ乗り換えられてきた。合計20人ほどの乗客を乗せて12時53分定刻に発車した。

津山駅を発車後すぐに右側に転線して姫新線にはいる,左側は岡山駅へ向かう津山線でしばらく並走するので 因美線に姫新線が東津山駅手前で合流して1本になるのとは違いかなりの距離を並走する。津山線が左へそれていくと速度を上げて65キロくらいの速さで市街地を抜け吉井川を渡ると少し登りになるがエンジン音を響かせて加速して70キロまで速度を上げてから丘を下ると院庄駅に12時58分到着 相対式の片側を廃した単式ホームでドアは前後とも開いたが乗降客は無かった そうキハ120にはドアの開閉スイッチが無いので駅では乗車口となる後ろ側と料金の精算を運転士が行うために前のドアから降車と両方とも開くのである。この駅を出ると住宅もまばらとなり田畑が多くなり再び吉井川を渡ると中国自動車道が右側に見えてきて13時3分単式ホームの美作千代駅に着いてお一人降りられて行った,ほぼ真っすぐに田んぼの中を時々農家の軒先をかすめながら走って左にカーブすると上が黄色で下が緑色の抑止信号が見えた 減速すると次に黄色だけの信号があって坪井駅の相対式ホーム1番乗り場に13時8分に着いたが乗降は無かった。この駅を出るとすぐに中国自動車道が頭上を横切っていき列車は山間に入って登りとなるが農家は点在していて国道も平行して通っている 津山市を抜けて真庭市に入って13時15分に美作追分駅に着いたが単式ホームに降り立つ人も列車を待つ人もおられなかったが駅舎前にはロータリーがあってバスが停まっていた。少し登ったがすぐに下り始めると左上に中国自動車道が見えてきた 美作落合駅まで下るのだが集落や道路より少しいところに線路があるので国道や小さな川として民家を見下ろしながら70キロくらいの速度で走るとATSが鳴って13時23分相対式の美作落合駅2番乗り場に着いてお一人下車されたホームは元は島式だったものが1本化されたようで分岐跡が残っていた。美作落合駅を出ると右に大きくカーブして北上しはじめてどんどん加速していき85キロまで上がって田んぼの中を回送して田畑から住宅が増えてきて古見駅に13時28分到着したがここの単式ホームにも乗降客はおられなかった。田畑が減って住宅が増えてきて左にカーブして市街地に入ると久世駅だ,ATSが鳴って相対式1番乗り場に13時33分到着して5人が降りていかれ一人乗車された 駅前にスーパーがあるなど賑わっていて一方駅の裏手には貯木場があって木材が大きくそしていくつも積まれていたが杉だろうか。駅を出てしばらく走ると右手に山が迫ってきてその裾野に沿って走ると右側に導水管があって左側に水力発電所があった。すると徐行区間になって25キロに減速したが右側には崖が迫りいまにも崩れそうだ ゆっくりと進み山裾を抜けるとホームセンターや大きな病院などがある市街地になって中国勝山駅到着のアナウンスが流れるとATSが鳴って13時41分に相対式の2番乗り場に到着し3人が降りられて4人が乗車された,駅舎のある1番乗り場には860D津山駅行きが着いていて先に発車していった。

中国勝山駅を出て川の合流地点を右に眺めているうちに左手が山となり徐行区間となった 左側が崖で右下が川という落石と倒木あるいは川への転落という左右どちらにも要注意の場所をゆっくりと進むが徐行区間つまり速度制限解除となってもさほど速度は上げられずに次の徐行区間になりトンネルに入っても次があるためか速度は上がらないままだったが長いトンネルに入ると速度が上がった 少し登りになって月田駅に13時51分に着いた 単式ホームだが元は相対式だったようで線路は撤去されているがホームは残っていた,そのような月田駅では一人下車されていった。いよいよ山深くなり脇を流れる川も幅が狭くなってきていくつもの徐行区間を過ぎて14時1分に富原駅に着いたがここも今は単式ホームだが元は相対式だったようで線路はないが使わなくなったホームが残っていた 乗降の無かった富原駅を出ても狭い谷合いに民家は続いていたが いつの間にかそれらもなくなり山深くなって徐行区間とトンネル通過を繰り返しているうちに下り始めた ということは新見市に入ったことになる
開けてきて住宅が増えてくるとATSが鳴って相対式の刑部駅に14時12分着いて一人下車されていった 駅舎のある側のホームには貨物用の引込線が残っていて保線用車両の留置か ここから川の右岸を走るが川が進行方向へ流れているので新見駅まで下るだけかと思っていたら 枝が車体に何度も当たる徐行区間を過ぎると少し登りになって単式ホームの丹治部駅に14時18分到着して一人乗せて発車すると80キロくらいまで速度を上げて坂を下るがすぐに徐行区間となって思うようには走れないようだ それでも少しづつ進んでいるので14時25分岩山駅に着いたが乗降客が居ないためでもないだろうがすぐに発車して加速して右に左へとカーブしながら走るのだが新見駅がもうすぐという所まで来ても徐行区間があって中国自動車道が右側に見えてくると自家用車はともかく高速バスにも勝てない理由が運転本数よりも所要時間や利便性なのが実感できた。到着のアナウンスがあって新見の街へ入ってきて右にカーブしながら高梁川を渡ると左側に新見の車両基地があって伯備線が並走して新見駅構内になりATSが鳴って新見駅2番乗り場に定刻14時36分に着いた。島式ホームで芸備線が1番乗り場で2番乗り場を姫新線が使っていて駅舎や伯備線の5番と6番乗り場へは地下通路を通る 3番と4番ホームは無いが中間線として線路はある。

これで姫路駅から新見駅までの158.1キロ 姫新線の全線完乗を終えた,津山駅以外の乗り継ぎは数分で出来て 津山駅ではちょうど昼食時間ということで休憩できる乗り通しには適している運行ダイヤだった。

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姫新線 (作用-津山,2827D)

<播磨新宮駅発作用駅行き4833Dより>

令和7年12月29日の作用駅 JRホームの2番乗り場では[キハ120-339]津山駅行き2827Dが発車を待っていた。智頭急行線の特急から乗り換えられたのかスーツケースを曳いた帰省客が十人ほどと地元の方々数人そして乗り鉄を数人乗せて定員100人のキハ120におよそ40人ほど乗せて11時4分 作用駅を定刻に発車した。智頭急行線と並走して南下するがやがて高架になった智頭急行線の下をくぐり西へ向きを変えて川沿いを走る川を渡って再び川を渡るなど山裾を縫うように走るがこの辺りからが豊臣秀吉ゆかりの山城がいくつか点在する場所になる 昔からここは交通の要所で今も西に津山、東に姫路、北に鳥取、南に赤穂へと抜ける街道が集まる場所で 少し前までは姫新線に急行列車が走っていたことからもわかる。トンネルを抜けるとATSが鳴って上月駅に11時10分到着 一人下車され一人乗車された この駅は相対式で1番乗り場に着いたがホームは山裾にあって反対側の2番乗り場に駅舎があってその向こうに街が広がっている 姫路駅からこの駅までの直通列車もある。 ここを出ると左右の土地が狭くなり川や国道と揃って谷間を抜けて行くが徐行区間がいくつかあって速度を落とすが片側が急な崖になっているなど危険を発見してから停止出来る速度が25キロということなのだろう 確かに防護壁も何もない崖で倒木の危険もかなりありそうな場所だ 徐行区間を抜けてトンネルを抜けまた徐行を繰り返して比較的長いトンネルに入るがこのトンネルが兵庫県と岡山県の県境となる そのトンネルを抜けて開けた場所に出ると美作土居駅に11時21分到着 相対式が廃された単式ホームの駅で相対式で使われていただろうホームの跡が残っていた静かな駅では乗降は無かった。再び国道と川と並んで民家が点在する谷を抜けて走っていると右側に中国自動車道が見えると街となり相対式ホームの美作江見駅1番乗り場に11時28分に着いた下車はおられなかったが2人乗車されてきた 2番乗り場に駅舎があるが「バッテリー」というドラマに出てきた駅だ。ここを出るとドラッグストアの大型店舗があって市街地になるのかと思ったがすぐに山になってトンネルに入ってしまった 抜けると国道や川と離れて北上して単式ホームの楢原駅に停まり その後しばらく走ると再び中国自動車道沿いを走ることになって少し加速すると大型店舗がいくつもあって林野駅に11時33分に着いた 単式ホームで少し離れて駅舎があった 美作市の代表駅らしく30人位が下車されていき7人が乗車されてきたが下車客が多かったので座席にかなり空きが出来た。

ここからは開けた田園地帯を走るので速度が上がり75キロくらい出ていた,ATSが鳴って勝間田駅に 相対式の駅でここは駅舎のあるホームが1番乗り場となっているので津山駅行きは2番乗り場に11時43分に到着して6人が下車されて帰省客がお一人と遊びに行くのか地元の方が二人乗ってこられた。勝間田駅までは暖房が強く入っていて暑いくらいだったが その暖房が切られて過ごしやすくなったが窓ガラスが曇ってしまい外の様子が分かりにくくなってきたが 徐行区間だけは感覚で減速してゆっくり走るのでわかる この徐行区間が繰り返されるのであまり速度が上がらずに西勝間田駅の単式ホームに11時49分に着いた この駅を出ると加速し速度を上げて田んぼの中を走ると川を挟んで中国自動車道と並走するようになり高速道路と少し離れたら美作大崎駅の単式ホームに11時52分に着いて3人下車されて3人乗車された。発車後 徐行区間があって崖がいまにも崩れそうで木がいまにも倒れそうな場所をノロノロと進み これを抜けると大きく左にカーブして津山市街地へと入った 住宅が続き大型店舗がいくつもあって川を渡ると右側から因美線が近づいてきてしばらく並走したのち因美線側に姫新線が接続して単線となり東津山駅まで並走はしないが 因美線が先に出来ていたので姫新線が分かれていくように線路が敷かれているのだろう さほど運転本数も多くない区間なので単線でも足りるというわけか。東津山駅到着前に因美線へ乗り継ぐ場合は整理券はそのまま持って乗り継ぐようにアナウンスがあったので車内精算は乗り継ぐと言えば通してくれるのか 東津山駅では5人ほど下車されていったが因美線に乗り継ぐ方はおられるのだろうか 次の因美線智頭駅行きまで3時間以上あるが 逆に無人駅なので駅舎を出て食事するとか買い物をして列車を待つことができてしまう 正しくは乗車キロによって途中下車が出来ない範囲内であったら駅から出てはだめだろうが 姫新線などの無人駅から乗ってきたために乗車券が買えなかった乗客に短い距離だから途中下車扱いは出来ないと説明する駅員が東津山駅には居ないのだから仕方ない東津山駅相対式2番乗り場から11時59分に発車した。ここからは津山市街をひたすら西に向かい吉井川を渡って丘を越えて再び市街地に入る頃にATSが鳴ってと同時くらいに終点津山駅に到着することの車内アナウンスが流れたがその中で交通系ICカードが使えないことを言っていた これは姫新線の姫路駅から播磨新宮駅まではICOCAが使える,つまり改札を通れるが播磨新宮駅から津山駅の間はICOCAの利用可能エリア外となるので姫路駅から播磨新宮駅までの駅から交通系ICカードで津山駅で出場しようとすると山陽本線岡山駅経由の料金を引かれることになるので 姫新線で津山駅まで来た場合はICOCAで出場できないとしているのだと思われる。津山駅でICOCAで出場できるのは津山線で来た時だけだ。遠くに扇型庫が見える津山駅の3番乗り場に12時3分定刻に着いた 島式ホームが2本あって駅舎はホームから離れてあり跨線橋で線路を渡るのだが東津山駅寄りに階段があり実際に列車が停まるのは新見駅や岡山駅寄りなので列車停車位置と跨線橋の階段が離れていて少し歩く 以前は地下通路でつながっていたと思うが今は無かった。
改札口を出ると待合室にセブンイレブンがあるが改札外なので途中下車できない乗車券だと利用できない トイレは改札内にあった,外に出ると右側のバスターミナルの方にC11-80が保存されている 扇型庫の残っている津山まなびの鉄道館へは津山駅には南口や南側へ渡る通路が無いので駅舎を出てロータリーを左側へ回り線路に沿って新見駅方向へ歩いて行って踏切を渡ってから住宅地を抜けていくことになりかなり遠回りとなる,DE50やキハ52など貴重な車両が車庫に収まっているものを正面からだけ見れる施設なので列車の待ち時間で足りると判断するかは津山駅から東西南北に延びる路線のどちらへ次に向かうかで見学時間が決まる 岡山駅へ向かう津山線ならば本数も多いのだが。

<津山駅発新見駅行き861Dへ>

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姫新線(播磨新宮-作用,4833D)

<姫路駅発播磨新宮駅行き1831Dより>

令和7年12月29日 姫路駅からの1831Dが播磨新宮駅の2番乗り場に9時40分に着いた,佐用駅行きの4833Dは10時27分発なので少し待ち時間がある。ここまで乗ってきたキハ127が2番乗り場から1840Dとなり10時2分に10人くらいを乗せて発車していったのを見送って1番乗り場で佐用駅行きを待っていると踏切が鳴りだした さきほどまではキハ127がエンジンをかけて停まっていたので聞こえなかったが列車の無い播磨新宮駅は静かで 今はじめて踏切の音が聞こえたが作用駅からの列車が着くには早すぎると思っていると踏切が鳴っているのは東觜崎駅の方だが1833Dが着くのは10時23分で まだ時間があると思っているとキハ127が1番乗り場に10時12分に回送されてきた、そう今日の4833Dは折り返しではなかった(通常は折り返しのはず)。4833Dは 播磨新宮駅←[キハ127-1006+キハ127-6]→作用駅の2両編成だ、本来折り返すはずの作用駅からの4842Dは3番乗り場に定刻の10時20分に着いた 通常では島式ホームの3番乗り場に着いて姫路駅からの列車が2番乗り場に着くのを待って乗り換えが楽にできるようにするはずだ 着いたキハ127は故障しているようには見えず 検査などで運用を外れるのならその日の運用途中で外すとも思えず また事故があったのなら代替車両がちょうど良い具合に回送してこれるわけがないような気がする まあ何か理由があるのだろうと考えていると 車内アナウンスが流れICカードが使えないのと後ろの車両のドアが開かないことなどを伝えていたが 他には3人のお客さんしかおらずみなさん地元の方々に見えた。2番乗り場に姫路駅からの1833Dが10時23分に着いて大勢の方々が乗り換えて来られて 座席定員の半分くらいが埋まった。乗り継ぎ客が席に着いたのを待っていたかのうように運転士のアナウンスがあって作用駅で津山駅行きに接続することが付け加えられて案内された。

播磨新宮駅を定刻の10時27分に発車した,素麺の工場が終わると右手に山が迫ってきてその裾に沿って登りとなるが左側は田んぼになりその向こうに住宅が見えていたが やがて国道が川を渡っていって栗栖川沿い左岸を姫新線は走る。右側に点在していた民家が途切れて田んぼの真ん中にある 相対式ホームの片側が廃されて単式ホームとなった千本駅に10時32分到着したが乗降客はおられなかった 次の西栗栖駅手前でATSが鳴って相対式ホームに10時37分到着したがここの駅でも乗降なしだった。この西栗栖駅で運転士がブラインドを下げたので ここから山間部に入りトンネルがあるのだろう,しばらくまっすぐに走ると川を渡って左カーブして山に向かうと国道が頭上を越えていくとすぐ列車はトンネルに入った。トンネルを出て別の水系になったのか小さな川に沿って走り始め やがて下りとなってATSが鳴って三日月駅の相対式ホームで駅舎の無い側に10時44分に到着し二人乗車され二人下車されていった。駅を出ると左側に流れる川とは別の川を鉄橋で渡り 川に沿って線路は田んぼの真ん中から山裾をかすめながら進み結構長いトンネルを抜けると播磨徳久駅だ。ここも相対式の片側が廃されて単式となった駅らしく10時51分に着いて右側のドアが開いた,この辺りでは製材所がいくつかあって切られた木材がいくつも積まれていて 民家の屋根に雪留が付いているのも見かけられた。 かなり長いトンネルを70キロくらいまで速度を上げて走って抜けるとすぐ右側に国道179号線が通っていた下り坂を快調に走ると右側から智頭急行線が近づいてきて有名な大イチョウの木を過ぎると作用駅だ。作用駅はJRと智頭急行線の駅だが線路はつながっていないが共用駅でJR西日本の管理下らしい その島式ホームの1番乗り場に定刻の10時57分に着いた その反対側2番乗り場には数分前に津山駅から着いた2826Dが行先表示が「作用」のままで停まっていた。 智頭急行線も島式ホームで4番乗り場には特急スーパーはくと3番乗り場に特急スーパーいなばが11時丁度に着いて交換を行うので姫新線は両列車とも11時4分発なので 作用駅の4つのホーム全てに形式の異なる気動車が勢ぞろいする(キハ187,HOT7000系,キハ120,キハ127)

<作用駅発津山駅行き2827Dへ続く>

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姫新線 (姫路-播磨新宮,1831D)

令和7年12月29日 姫路駅のコンコースから改札を通ると,中間改札として姫新線と播但線の乗り換え改札がある。姫新線はワンマン運転で運転士が精算を行わないことから 不正乗車対策として少なくとも姫路駅までの料金は払ってもらおうと設置したのだろう。エスカレーターでホームへ上がると 姫新線が西側で播但線が東側と1本のホームを共用している 1,2番乗り場が播但線で2番乗り場は切欠き式となっている この播但線ホームの西側が姫新線となっていて 播但線の1番乗り場が姫新線の3番乗り場で切欠き式になっているがこちらは外側に通過線があり架線も張られているので播但線の車両が停留しているし姫新線が直接播但線ホームに入れるような構造となっている。

姫新線ホームへ向かうとJR西日本のホームページにある姫路駅時刻表では3番乗り場発となっていたがキハ127は4番乗り場に停まっていた 姫路駅←[キハ127-1002+キハ127-2]→播磨新宮駅とキハ127系の2両編成で先頭車となる0番台の車両にはトイレがある。ドアは手動式になっていてボタンを押すとドアが開いたがエンジンが掛かっていて暖房が入っているためとても暖かい車内は 片側が1席だけと通路を広くとっているが転換式になっていてキハ110のように固定されていないのでお見合いシートにはならないのと座席間隔が広いのだろうか座っていても窮屈ではない。発車を待つ間に3番乗り場に播磨新宮駅からの1834Dが8時59分に到着した 満員だったようでしばしホームはすごい賑わいとなったが下車客が階下へ降りていってしまうと姫新線ホームはキハ127のエンジン音だけとなった。1831D姫路駅発播磨新宮駅行きはほんの少しの空席だけでほとんどの座席が埋まるくらいの 家族連れやスーツケースをひいた旅行者など様々な乗客を乗せて9時10分定刻に姫路駅を発車した。

3番乗り場からの線路と合流して退避側線を収めると山陽本線の上りへの渡り線があった 姫新線から山陽本線へ直接入れるように線路が敷かれていて 架線もここまで張られていた。単線となり山陽本線と並走し80キロくらいまで速度を上げて南へカーブしながら新幹線の下をくぐると高架を降り始めて山陽本線と別れて北西へと向かう 住宅地の中を走るが左手から山が迫ってきて山裾をかすめてすぐ播磨高岡駅に9時13分到着,相対式の駅で北側が一線スルーになっているようだが1834Dは南側のホームに着いて1人乗車されて数人が降りて行かれた。発車後すぐ国道2号線をくぐりぬけてひたすら住宅地の中を進むと今度は右手に山が見えてきてその山裾を抜けると夢前川を渡る この川の少し上流に御立公園があってC57の5号機が保存されているが次の余部駅からは山を迂回する必要があり歩くならば余部駅からこの夢前川まで出て堤防をひたすら北上することになる。その余部駅も相対式で構内踏切があって駅舎がない側の1番乗り場に9時17分に着いて3人ほど下車された,姫路駅から二駅目だが ここまでの区間運転列車が通勤通学時間帯に多く設定されているが この時間は1番乗り場に播磨新宮駅からの列車が満員の乗客を乗せて先に着いて待っていた 山陰本線の餘部駅はここよりも後にできたため漢字表記と読み方を変えたようでこちらが元祖ということになる。ここを出ると右手に線路が分かれて行って車両基地がある 姫新線専用車両のキハ127が何編成も出番を待っていた。発車するとやがて西へと進路を変え住宅地が終わり山間に入っていくがさほど速度も落ちずに 相対式ホームの太市駅1番乗り場に9時22分に到着した乗車は無く3人ほど下車されていかれた。山間になったのでエンジンが唸りをあげて登り始めると右手に山陽自動車道が近づいてきて峠越えのためトンネルに入って姫路市からたつの市になる。トンネルを抜けてしばらくするとたつの市街が見えてくる 住宅地の中で進路を90度曲げて北へと向けると本竜野駅になる。9時29分相対式ホームの1番乗り場に着いたがこの駅は橋上駅で 駅の西側に線路が残されているが旧駅の跡か この駅では4人が乗ってこられて15人ほどが下車されていったが反対側の2番乗り場ではかなりの方々が姫路駅行きを待っておられて利用者はかなりなものだが無人駅らしい。

2分停車していた本竜野駅を出ると少しづつ住宅が少なくなりやがて大きな工場が見えてきて東觜崎駅に9時34分到着。この駅に到着する前に車内アナウンスにて「駅係員に切符を渡せ」という駅員が居るようなことを言っていたが反対側の2番乗り場に姫路駅行きが到着したため駅舎を確認できなかった 上下線とも9時35分発車だがこちらの列車では乗降客はなかった。発車後すぐに 左へカーブして揖保川を渡り川沿いを北上する 播磨新宮駅到着のアナウンスが流れる川から離れて左にカーブして住宅地に入るとすぐ播磨新宮駅に定刻9時40分に着いた。折り返し列車となる この1831Dは島式ホームの2番乗り場に着いたが姫路駅行きを待つ乗客の方が数人おられた 佐用駅方面へは単式の1番乗り場から発車と無人の改札口上にある発車案内表示にあったので 上月駅からの4842Dが1番線に着いて折り返すのだろうと思っていたのだが違った。

<佐用駅行き4833Dに続く>

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鶴居村営軌道

釧路駅から路線バスが数本あるが平日と土日で運行が変わるようで利用する際はよく調べてからの方がよさそうだ,路線バスは釧路駅始発ではなく市立病院から来る。 連絡バスが満員になって乗り損なう事がある釧路空港からレンタカーを利用すれば釧路市街を通らずに鶴居村へ行ける。 釧路市と阿寒湖を結ぶ国道からは離れていて、釧網線の四標茶駅や摩周駅からも距離があるのでレンタカーならば鶴居村から先へそのまま向かうのが良さそうだが阿寒湖や北見方面へ抜けるには迂回するか峠越えとなる。

新富士駅から今の鶴居村役場がある辺りまで線路で結ばれていたらしく、途中の下幌呂というところで西に支線が分岐していたらしい。この廃線跡の一部が釧路湿原の遊歩道になって残っているようで、鶴居村と釧路市をつなぐ道道からは少し東側に線路が敷かれていたようだ。鶴居村役場より少し先まで路線バスは走っているが「役場前」で降りてセイコーマートのある交差点を東へと入る 診療所があってその次に目指す「ふるさと情報館」があるのだが大きな建物は目立つが案内看板は小さいものが入り口にあるだけで注意してみて行かないと行き過ぎる。この入り口からは保存されている車両が見える。

8tディーゼル機関車は札幌市にあった泰和工業製で 同じくこの会社で作られた鶴居村村営軌道の6tディーゼル機関車が丸瀬布で動態保存されていて兄弟車だがこちらは動かない。その隣りに自走客車も展示されていて出入口ドアに向かって階段があるので車内に乗ることが出来るようだ。別海村営軌道の自走客車は釧路製作所製だったが ここの自走客車は機関車と同じく泰和工業製なので 少し違う。こちらの自走客車も朝顔カプラーが付いているのでミルクゴンドラ車を牽いて走ったのかもしれない。機関車と自走客車には屋根がかかっているが 他に有蓋車が1両置いてあるが、これが機関車などよりも塗装が綺麗で訪れた時は塗装修理されてすぐだったのだろうか 小さな車輪の台車の上に大きな荷物室が乗っていてアンバランスな何とも言えない味わい深さがあった。
「ふるさと情報館」には図書室の他に展示資料室があり鶴居村営軌道の展示もあって当時使われていたミルクタンクの展示もあった。

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浜中町営軌道

根室本線の茶内駅には浜中町営軌道の資料が展示されている,この茶内駅では一日に上下5本しかない列車のうち日中の4本がこの駅で列車交換を行う 2,3時間の列車待ちは見学するのに丁度良い待ち時間となるかもしれない。
当時の国鉄茶内駅の北側に簡易軌道の駅があり根室方面に牛乳工場があって引き込み線で繋がっていたらしく簡易軌道は工場の手前で左にカーブして北上していったようで 今の駅前の真っすぐな通りとはずれていたようだ。
駅前から起伏があって先は見通せないが真っすぐな道を1キロほど歩くと右側に浜中町農村運動広場というグランドと体育館があって そこの駐車場に車両が展示されている。

8tディーゼル機関車が展示されていて 他に自動客車の台車だけが置いてある。運行当時は生乳を運ぶためのミルクゴンドラの他にタンク車もあったようだが展示はされていない,この浜中町営軌道は秩父内駅から西円朱別と東円朱別へと分かれていたが東へ進路を変えて東円朱別駅へ向かっていた路線はやがて延長されて別海町の上風連駅まで走っていたらしいが,別海村営軌道の上風連駅とは別で 場所もかなり離れていたらしいが 浜中町営が別海町まで走っていたというのは面白い。

この展示されている浜中町農村運動広場だが 道路をはさんで反対側に茶内中学校があるのでレンタカーなどで訪れる際はナビにこの中学校を設定するのが良い。茶内駅はここから約1キロ離れているので市街地を通過するように案内されるおそれがある。国道44号線を走ってきてセイコーマートのある交差点を曲がるとすぐ左側に機関車が見えてくる。

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別海村営軌道

根室駅から厚床駅を経由して中標津空港へのバスが近くの「奥行」を通る,他に別海町町営のバスが町立別海病院から運行しているが 空港へのバスは一日に4本で根室駅からも中標津空港からもほぼ1時間の距離で厚床駅からは15分くらいか。運行時間をよく調べてちょうど良い具合にバスが通れば良いが 厚床駅から10キロはあるので歩くには距離がありすぎるから レンタカーがお薦めだ。厚床駅の駅前から国道243号線を北上する,駅からすぐの国道44号線を過ぎて最初の信号だったと思う 途中の10キロ近く走っても信号どころか交差点すらないような快適な道をひたすら走ってくると直進が国道244号線で標津方面で、左折が弟子屈方面への国道243号線とういう標識が出て 信号を左折するとすぐ左に「奥行」というバス停がある。さらに並ぶように案内看板があって旧奥行臼駅逓所や旧奥行臼駅は左折とある,その通りに左折すると右側に旧奥行臼駅逓所が左側に旧奥行臼駅がある。 JR標津線の駅で別海村営軌道とも接続していたのだろう交通の要所だったらしいが 今は周りには他に何もなく 当時の標津線もこの奥行臼駅の次は根室本線の厚床駅だった。

そして、さらに少し進むと右側に別海村営軌道の風連線の線路跡に車両が保存されターンテーブルも残されている郷土資料館がある。JR標津線の奥行臼駅の駅前から村営軌道が道道を超えて上風連まで走っていたその線路上に保存されているのは8t自走客車(ディーゼルカー)と内燃機関車(ディーゼル機関車),そしてミルクゴンドラ車(貨車)で それぞれの名称は ここにあった案内看板によるものだ。
8t自走客車は綺麗に塗装が直されれいるが昭和38年製なので仕方がないが車体下部に錆による浮き上がりが出ていた,また車内には入ることは出来ないようだが車内が見えるように踏み台が設置してあった。内燃機関車はミルクゴンドラ車などの貨車を引いたのだろう 浜中の物とは異なりこちらは加藤製作所の6tだ。ミルクゴンドラ車には乗れるように階段が設置されてあおりも乗り降りするためにその部分のみ取り除かれている 各酪農農家から集めた生乳をこれに積んで運んだのだろうが 浜中の場合は茶臼に牛乳工場があったらいが こちら別海ではどこまで生乳を運んだのだろうか。
少し奥にターンテーブルの跡だけ丸く残っているが上風連まで延びていた線路から分岐してこのターンテーブルを通って車庫があったようで郷土資料館の裏が少し開けている。

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C60 1 (仙台市)

仙台駅で在来線 中央改札口を出ると西口になる,仙台駅には西口改札はないので慣れないと注意が必要だ。駅から出るとペデストリアンデッキが広がっていて その下につまり地上にバスターミナルがある しかし目的の西口公園へ向かうバスはこのターミナルからではなく その向こうの愛宕上杉通りにある60番バス停に停まるので デッキの正面右奥に見える「ロフト」を目指して進み愛宕上杉通りの上まで行って 通りの向こう側まで渡ってビルの中で地上に降りるとそこに60番バス停がある。 地下通路を通って来た場合は「中央出口2」で地上に上がるとここに出れる。

目指すC60は西公園にあるが南北に広がる大きな公園で 地下鉄東西線ならば大町西公園駅,地下鉄南北線では当台公園駅が最寄駅となるが数百メートルあるので10分程度歩く 公園の中を北に向かう又は定禅寺通りの欅並木を歩くのも風情があるが仙台駅までJRで来て地下鉄に乗り換えるならばバスに乗った方が早くて楽だ。 仙台駅からアーケードのある繁華街など通って西公園まで歩いても30分程度なので 散歩がてら歩くのも良い。

60番バス停から「定禅寺通市役所前経由交通局東北大学病院前」行きバスに乗る。 いくつもの系統番号のバスが来るが出発地が異なるからいくつもの番号があるようで行き先の「定禅寺市役所前経由交通局東北大学病院前」というのを確かめて乗れば良く 定禅寺通りで左折して市役所の前を通るバスに乗って「市民会館前」で降りるだけだ。 定禅寺通りの西側の終わりが西公園で丁字路の交差点の名称は「市民会館前」で定禅寺通りを西に向かって歩いて行っても正面にC60が見えてくるし,バスならば丁字路を右折する際にC60が見える。

1996年に展示されるようになったころは屋根はなかったと思うが 今は屋根付きで展示されていることもあり錆なども浮いておらず綺麗ではあるが,ランボードに白線があったりするのは良いが手すりも白く塗られているてだけでなく一部の配管などが黄色に塗られているのはいかがなものかという意見が出そうだ。 模型を作る者からすると黒一色よりも個々の形状やつながりがわかりやすいので助かるのだが 展示物としては真鍮磨きだしの代わりにも黄色というのは費用の面から仕方ないのかもしれないけれど 配管は黒で良かったのでないかと思う。

キャブ内にも入れるようになっている,ここでも配管が黄色に塗られているがそれぞれのバルブが何なのか 他にも何のメーターなのかと説明が付いているのは珍しい これまで何となくそうなのだろうと思っていたものの答え合わせができた。 C59の従台車を2軸化して軸重を軽くして東北本線などで活躍したC60だが ここ仙台市に保存されている1号機だけが現存する唯一の車両となっている。

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仙石東北ライン (石巻-仙台,5560D)

雨の上がった令和7年11月3日 石巻駅から仙台駅へ向かう。
石巻駅駅舎内には待合室やベンチなどはないがNewDaysはあって朝から賑わっていた。自動化された改札の脇に精算所とみどりの窓口を兼ねているような有人改札口がある,そうこの駅は無人駅ではない。改札口の正面が石巻駅では3番線となり石巻線のホームになるため架線は張られていない 線路を挟んで島式ホームの4,5番線があって さらにその北側に貨物用側線や機回し線があり,今朝も小牛田駅からディーゼル機関車DD200型に牽かれたコンテナ列車が停まっていた。3番線の小牛田駅寄り つまりは仙台駅寄りに切り欠きホームとして1番線があって仙石線が主に発着する2番線と留置線が1本南側にある 駅の南側から2,1,3,4,5とホームが並んでいて仙石線のホーム1,2番線は行き止まり式だ。

1番線には8時11分発の仙石東北ライン仙台駅行き5560D快速列車が出発時間を待っていた。車両はHB-210系 配置は小牛田運輸区なので「仙ココ」仙台駅←+→石巻駅という2両編成が2組の4両で仙台駅へと向かう [HB-E211]の石巻駅寄りにトイレがあり 全車とも一部がクロスシートとなっている。石巻駅の2番線で出発を待っていた仙石線の205系電車も4両編成でトイレも増設されているが全てロングシートだ。発車メロディが終わり定刻に5560Dは座席の9割ほどをうめて石巻駅を発車した すぐに石巻線ホーム3番線からの渡り線が右から合流してくる,そのまま石巻線が右側に並んで並走するが やがて直線になるともう1本石巻線からの渡り線があった 石巻駅の北側で機回しを行った貨物列車はここで仙石線に転線してくるようだ。仙石線はこの先で左にカーブして住宅地のなかを走り 8時13分に島式ホームの陸前山下駅1番線に着いて対向列車の到着を待つ この駅は石巻駅寄りに構内踏切があって駅舎へと渡るようになっていて20人くらい乗車してきたがそれ以上に高校生たちが降りていった。2番線に石巻駅行きが着いたのでこちらが先に8時16分に発車した ホームが終わるとが南側へ石巻港駅への貨物線が別れていった。 そのまま沿線には住宅地が続き運河を渡り蛇田駅に着いた 線路の北側に単式ホームと駅舎がある ここを出ると住宅地の中で直線区間となったのか速度を上げたので発電用エンジンが回りだしてかなり煩い,住宅地が終わらぬまま8時21分石巻あゆみ野駅に着いた 単式ホームだが住宅を整備して駅を設置したのだろう新しいし駅前にはロータリーもあり 高校生が数人下車して行き数人が乗車されてきた 陸前山下駅や石巻ゆめみ野駅の近くには高校があるのだろう,石巻駅からほとんどの乗客が仙台駅まで向かうのだろうと思っていたが 高校生が学校近くの駅まで休日でも部活動かなにかで乗車し 途中で降りていくが それと同じくらい一般の乗車があって空席は出来ないままとなった。

石巻あゆみ野駅を出るとすぐ東松島市になる、ここまで続いてきた住宅地が終わり空き地が広がる中をしばらく走ると再び住宅地となり陸前赤井駅に8時24分到着した,島式ホームの2番線に着いたが1線スルー式のようだ 構内踏切が仙台駅側にあった,数人が乗車されてきたがまだ空席がある。次の東矢本駅を8時26分に通過した この列車で初めての通過駅だ。すぐに矢本駅 島式ホームの2番線(北側で仙台駅向きでホーム右側)に8時27分到着して各車両に4,5人づつの乗車があったが石巻駅寄りにある構内踏切を見た限りでは下車客はなかった。この駅を出ると左側に国道45号線が寄ってきて並ぶ そしてその先に松島基地が見えてくる 田んぼの中を快調にエンジン音を響かせて走り鹿妻駅を8時30分に通過した 単式ホームの無人駅だが駅前に自衛隊機が展示されている。離れていった国道45号線が陸橋で線路の上を超えて行くと車窓左側には田んぼが広がるがやがて新しい住宅が建ちはじめるが駅が近づき減速しだす線路の左側つまり海側は再び田んぼとなり島式ホームの2番線に8時32分到着した おそらく2番線側は1線スルーと思われる,二人ほど下車されたがすぐには発車せず対向列車を待つ やがて到着した石巻駅行き列車が先に発車して行き こちらは8時35分に陸前小野駅を発車した。ここから左にカーブして高架となる,旧線は川までほぼ直進して川を渡ってから左にカーブして海の方へ向かっていたが今は高架で川を渡りそのまま高台へと登って松島湾から離れる。野蒜駅には定刻の8時38分に着いた,新しくなった野蒜駅も島式ホームで到着した2番線側が1線スルーになっている 高台に移設されたわけだが眼下に旧野蒜駅が見下ろせる位置にある 5人が新たな乗客となり8時39分に発車した。 右側に新興住宅地が続き新しくなった高名駅の島式ホームを通過すると坂を下って松島湾沿岸に出て陸前大塚駅へ 今は高い堤防が作られて守られているが 時々見える松島湾は穏やかな海であった 入り江を奥へと進み陸前富山駅も通過する。内陸部へと進みトンネルを一つ抜けると手樽駅となるが単式ホームをそのまま通過すると両側が田んぼになる 高城駅が近いので仙石線の乗り換えアナウンスが流れるなか住宅地となりトンネルを抜けると高城町駅の島式ホーム2番線に8時47分に着いて一人降りられていったが6人ほど乗ってこられるのが見えた 仙台駅よりに構内踏切がある こちらを待っていた仙石東北ラインの石巻駅行き快速列車が先に発車して行き 8時48分こちらも発車した。川を渡り高台にあがると右側に東北本線が近づいてきて渡り線を通りその上り線に入る しばらく仙石線と並走するがやがて仙石線は松島海岸駅へと向かっていった。この連絡線は東北本線の松島駅構内という扱いらしく乗車券上も松島駅経由となるようで高城町駅と松島駅を使って乗り換える時に この両駅で途中下車可能な乗車券であれば特例が認められているようだ。 

東北本線に入ると複線ということもあるが速度を上げて快調に走る,仙石線がこちら側の下をくぐり内陸部へと入りすぐにまた下をくぐって海側へと離れていき8時57分仙石線の陸前浜田駅の隣りを通過すると仙石線の向こうに海が広がると塩竈の町は近い。塩釜駅での松島駅や小牛田駅方面への乗り換えについてのアナウンスがあって島式ホームの1番線海側に8時57分に着いた 駅舎は海側の下がったところにある二人くらい降りていかれたようだがかなりの乗車客があって混雑してきて8時48分定刻に塩釜駅を出て右に大きく曲がると国府多賀城駅だ 9時ちょうどに相対式ホームの2番線についたが橋上駅で駅前に東北歴史博物館がある 10人ほどを乗せて9時1分に発車した。 やがて仙台港駅からDE65のディーゼル機関車に牽かれたタンク車が左から寄ってきて陸前山王駅に到着 駅舎前の単式1番線と島式ホームの2,3番線があって その3番線に9時3分に到着した 駅の南側には貨物線が複数あって仙台臨海鉄道の駅でもある陸前山王駅からも10人ほど乗車されてきた。発車後に貨物線が全て本線に合流してきたころ乗り換えのアナウンスが入った,右から利府駅からの線路が合流してきて頭上を東北新幹線が横切ると岩切駅構内となる。島式ホームが2本あり 3,4番線が東北本線用らしく9時6分にその4番線に着いた 南側に貨物側線があってコンテナ列車がこちらを待っていた。3人ほど乗せて定刻に発車するが この駅から仙台市内になっている 終点仙台駅は近い。岩切駅を出ると左手に仙台貨物ターミナル新設工事が見える すでに線路が敷かれたところもあるが完成まではもう少しかかるようだ。東仙台信号場から南側にもう1本線路が延びて複線+単線の三線区間となりJR貨物の仙台総合鉄道部 つまり元の仙台機関区があり EH500やDE10がたくさん見えて東仙台駅構内にはいる 駅舎は下り線側にあり単式1番線と2番線は島式になっているが南側の3番線はフェンスで塞がれていてこの先で左へそれて行く貨物線へと続いているようで 東北本線の上り線仙台駅寄りには戻れるようにはなっていなかった(複線の貨物線下り線路が東仙台駅3番線となる)。9時12分に4人の乗客を乗せて東仙台駅を発車した列車はやがて上下線の間に仙台車両センター通過して仙台駅へと向かう,乗り換えのアナウンスもさすがに仙台駅ともなれば新幹線や在来線各線と多方面へ列車が走るため長くなるのでかなり早いうちから始まった。仙山線が頭上を越えて左側にきて並走を始めるが東仙台信号場のように複線+単線で東北本線上り線から仙山線側への渡り線があるが仙台車両センターへの出入り用だろう、大きく左にカーブして新幹線が右側に位置を変えると仙台駅構内となる,東北本線は主に1,2番線発着のようだがこの仙石東北ラインは4番線に9時16分に着いた。 座席定員をいつの間にか上回り立って乗車される方も多くおられた,石巻駅をこの5560Dよりも26分後の8時37分発の仙石線は仙台駅に9時56分に着くことから所要時間は14分早いことになるが クロスシートに座れた場合の快適さは時間以上の物があるように感じたが 仙台駅で下車されていった方々は疲れもみせず足早やに乗り換え通路に上がっていかれた。

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特急ひたち3号(品川-仙台, 3M)

 令和7年11月2日 連休中 早朝の品川駅コンコースは人の姿もまばらで そのほとんどが新幹線改札を通っていく。上野東京ラインの常磐線ホーム9,10番線へ下りると 先に出る高萩駅行きの特急ときわ51号が 各車両に数人づつ乗せて定刻に発車していった,品川駅の9番線が常磐線の特急専用で 10番線は普通電車(中距離快速)が発着する。 空いた9番線に7時21分土浦駅からの特急ときわ52号が到着した これが今回の目的である特急ひたち3号仙台駅行きとなる 仙台駅←[クハE657-16・モハE656-16・モハE657-16・モハE657-116・モハE657-116・サロE657-16・サハE657-16・モハE656-216・モハE657-216・クハE656-16]→品川駅 という編成だ。特急列車の到着を待って7時23分に10番線から土浦駅行きの普通電車が発車していった この普通電車は終着の土浦駅まで特急ひたち3号には追いつかれずに逃げ切る。車内清掃が行われている間に各車両ごとに数人づつ並び始め 7時38分車内整備が終了しドアが開いた。並んでいた乗客が乗ってしまった後のホームには静けさが戻り 時々繰り返される特急の案内だけが響いていた。客層は若い方から年配のご夫婦まで様々だが 日が良かったのか礼服を着られて引出物を持たれたご家族も数組見られたが、出張と見受けられるビジネスマンはここではおられなかった 旅行者ばかりだからか発車間際に駆け込んでくる乗客はなく 全席指定ということもありだれもが席について落ち着いたころ 前を行く特急ときわ51号よりも多くの乗客を乗せて 7時43分定刻に品川駅を発車した。
 
 速度が上がらないまま新橋駅を通過して東京駅8番線に到着,各車両に10人づつ位の乗車があって7時52分発車。続いて上野駅8番線に定刻の7時58分到着し乗務員交代があり数分停車する。上野駅でも10人くらいづつ乗車されてきて それなりの乗車率となって8時丁度に発車した。これからの停車駅などの定型アナウンスの後,車掌のアナウンスがあったが女性で聞きやすい声だった。小高駅から先まで乗車する場合はSuicaのエリアが異なり(改札を)出れないので後から車掌が回った時に車内清算をするようにと注意喚起があった。浪江駅までSuicaエリアになり,大都市近郊区間に大糸線の穂高駅からここまで含まれるようになったので経路は自由となったかわりに途中下車ができなくなった。続いて三河島駅を通過して隅田川駅への貨物線と並走すると車内販売をいわき駅まで行うとの案内があった(特急ときわには車内販売がない,特急ひたちだけある)一通りの案内放送があって,小塚原のカーブを過ぎて南千住駅を通過して直線区間になってなっても速度はあがらない,7分前に上野駅を出た土浦駅行き普通電車が前を塞いでいるとも思えないまま 時々80キロ位で走ったかと思うと30キロ位まで速度を落としたりを繰り返しているうちに金町駅手前で車掌が空席の確認に来た,柏駅に停車するので特急券の確認だろうか。江戸川を渡り千葉県に入って100キロ位まで速度を上げて8時18分松戸駅通過。北松戸駅を過ぎると上下線の間に武蔵野線への連絡線が単線で 新松戸駅を過ぎると武蔵野線からの連絡線が常磐線の下り線と上り線にそれぞれ南流山駅で分岐した側線から複線で接続する(武蔵野線は西船橋方面行きが下りになるので東京駅行きでも下り列車となる)。
 東武線が頭上を通り左側に沿うようになり島式ホームが2つ並ぶ柏駅の4番線に7時27分着 ここでは上野駅よりも乗客が多く窓側席が全て埋まるくらいになって7時28分発車。8時31分に土浦駅行き普通電車が先着していた我孫子駅の1番線を通過すると千代田線,小田急線直通の常磐線緩行線用電車が留置されている車両基地が見えてくる かつては松戸電車区所属だったが今も松戸車両センター我孫子派出所と呼ぶらしい ここを抜けてしばらく走り利根川の鉄橋を渡り茨城県に入って取手駅1番線を8時半に通過しキリンビールの工場への引込線跡が左に見えると右にカーブする,そこから両側が開けて田んぼの中の直線区間となり120キロくらいまで速度をあげる 藤代駅手前で交直流切り替え区間を通過し 龍ヶ崎市駅を過ぎて国道6号線が左から寄ってくると列車は速度を上げて130キロで快走する。ひたち野うしく駅付近で上り特急ひたち4号とすれ違う どちらもかなりの速度が出ているので車両の色で特急と判った。やがて土浦駅の単式1番線に8時50分着 この駅止まりの普通電車は島式ホームの2番・3番線に入るものがある。一人,二人の乗客を各車両に乗せて8時51分の1分遅れで発車すると上下線の間が土浦車両センターとなり中距離電車が何本も留置されているのを眺めながら右にカーブして上下線が一緒になり蓮畑の中を130キロで運転して神立駅を通過,普通電車を高浜駅で待たせて切通しを通過するが ここは常磐線を工事する時に土浦駅付近の埋め立てに使うためトンネルではなく切通しにして出た土を土浦駅の工事に使ったらしい。 特急ひたちなので石岡駅を通過する 岩間駅近くで特急電車とまたすれ違う 30分に1本づつ特急が走っている区間では30分ごとに繰り返されるわけだ。左側から水戸線が近づいてきて友部駅構内になるがここも停車はせず9時9分通過する 内原の車両センターを通過するあたりで130キロ出すかと思ったが120キロまでだった。

 偕楽園の臨時駅を通過して千波湖が右手に見えると水戸駅は近い,水郡線のE130が留置されているのを左りに見ながら4番線に定刻に回復して9時18分到着。切欠ホームの1番線と2番線が水郡線用で常磐線下り用3,4番線と上り用5,6番線が島式ホームで同じく島式で上り特急専用の7番線と切欠の鹿島臨海鉄道の8番線がある大きな駅だ。 ここからも一人,二人と乗客があるが5人から10人くらい下車されていき9時20分発車 最初に左に水郡線が離れて行き 並走していた鹿島臨海鉄道線が高架になって右に上がっていくとやがて桜川に沿って走り那珂川を渡り緩い登りを苦にせず進み9時23分勝田駅4番線駅に到着 ここで乗務員が交代するので2分停車、その間に各車両に一人二人と乗ってこられて5,6人が下車されていった。発車後しばらくすると左側に留置線と勝田車両センターが見える,久慈川を渡り大甕駅近くで風力発電の風車が見えて9時37分常陸多賀駅1番線に着いた ここは地上駅で1番線が単式で改札口があり島式ホームの2,3番線へは跨線橋で渡る ホームには数人列車を待っていて降車されていったのも数人だったが連休中なのでビジネス客は皆無だからだろう。 家の間から海が見え始めて海が近くなると 島式の1,2番線下りホームと単式の3番線上りホームがある日立駅に9時41分1番線に到着 この駅は海に近く駅舎内に海に面した展望台があって朝日が昇る時はとても綺麗だと評判だ。 ごくわずか数人の乗車と下車があってすぐに発車した。十王駅の手間で初めてのトンネルを通る 比較的平坦な常磐線は蒸気機関車時代には東北本線よりも優等列車が走っていたがトンネルの長さや数も影響したのかもしれない 海が時々みえるがやがて市街地になって高萩駅を通過するが右手の留置線に朝,品川駅で見送った特急ときわ51号が折り返し運転を待って留置されていた。9時55分に茨城県内最後の停車駅となる磯原駅に9時55分到着した 相対式の駅1番線着で数人下車されて一人乗ってこられた。大津港駅を通過するといよいよ福島県に入る。

 再び海が国道6号線越しに見える海岸線に出ると福島県だ。 10時12分に泉駅島式ホーム3番線に着いたが乗車下車ともわずかだったようだ 構内には貨物用留置線が数本あるがいわゆる安中貨物というニッケル輸送の貨物列車がなくなり今はコンテナ列車が1本だけ走っているが日曜日は運休なので今日は走っていない。震災前は常磐線を通り仙台方面へ貨物列車が走っていてたが 今はここ泉駅までになっている。泉駅を出ると左側にあった貨物線が1つにまとまり常磐線の下をくぐって小名浜港へ向かう福島臨海鉄道線となる。この辺も常磐炭田が数多くあった場所で その石炭採掘のおかげで源泉が枯渇してしまったという湯本温泉に近い湯本駅には10時17分 地上駅で改札口のある単式ホームの1番線に着いた 2,3番線は島式の上り線ホームとなる 10人くらい下車していかれたが乗車はなかった。次の内郷駅を出て今は綺麗な住宅が並んでいるところに内郷機関区があってEF80が配置されていたが今はその面影はまったくない そのような車窓を眺めているうちに左側から磐越東線が近づいてきてしばらく並走しトンネルを抜けるといわき駅構内に入る。10時23分定刻着 島式ホームが3本,常磐線上り用から磐越東線まで2本づつ並んでいて特急ひたち3号は4番線に着いて 乗っていた半数くらいの乗客が降りていかれて各車両に4,5人乗って来られた 乗務員交代が完了して10時25分発車した。日立駅からいわき駅までは最高運転速度が120キロだったがここからは100キロになるが速度よりも安全に走れることが一番である。
 10時33分四ツ倉駅通過 ここから単線となりトンネルに入る。 トンネルを抜けると海岸に出て久ノ浜駅となるが この久ノ浜駅は津波で駅舎が流されている そうここから先が震災で大きな被害を受けたところになる 次の末続駅は高台にあり木造駅舎までは津波が来なかったらしい 海が綺麗に見える駅だけはそのままだった。そして同じく駅から海の見えた広野駅に10時42分到着したが下車された方も乗車された方も居ない無人駅だ。1番線が駅舎のある単式ホームで下り線で 跨線橋で渡っていく島式上りホームの2,3番線で上りの特急ひたちが行き違いのため停車していた。津波被害の大きかった駅の東側にも住宅だけではなくビルも建っているがまだまだ空き地が目立つ。広野駅から複線となり広野火力発電所を右手に見るとJビレッジ駅を通過して木戸駅にて複線区間が終わる 震災からの復旧後はここから岩沼駅で東北本線に入るまで複線区間は無くなった。

 単線になって竜田駅を過ぎてトンネルを抜けると右にあるのが福島第二原子力発電所 富岡駅まではすぐだ。発電所も近いが なにより海に近いところにあった為に津波は線路を超えて駅舎を流して より奥まで行ったらしく新しい街が線路の西側にもできつつあったが、海側となる東側はワイナリーが出来てブドウ畑が広がっていた 新しい試みなのだろう そのような富岡駅駅舎のある1番線に10時57分到着 上り線は島式の2,3番線となっている新しい駅だが乗降客はおれれなかったようだ。対向列車が待っていた夜ノ森駅を通過して11時6分島式ホームの上り線側を廃して単式とした大野駅に着いたがここでも乗降客は見られなかった。大野駅から双葉駅までは複線だったが上り線のあったところを避難路とするために舗装されていて道路のようだが外とはフェンスで区切ってあり普段は利用できないようだ。大野駅には津波被害はなかったようだが福島第一原子力発電所に一番近い駅なので復旧工事開始まで数年を要してしまって常磐線の不通区間として最後まで残った地域である。やがて到着した双葉駅も単線化となり相対式ホームの下り線側だけとなり上下線の間にあった中間待避線もなくなり元の上り線ホームは形だけ残っていた そのような双葉駅1番線に11時11分到着,ここでは数人が下車されていった 駅舎は東西両方とも綺麗に再建されたが無人駅である。3駅続けて停車となる浪江駅は駅舎が東側(海側)にあり駅舎前の1番線と島式ホームの2,3番線となり その2番線に11時16分について二人下車されて二人が乗車された。この浪江駅までがSuicaの首都圏エリア内で また運賃計算の東京近郊区間最北端となるので乗車券を買って乗る場合は有効期限が1日となるのでルートによっては新幹線を一部区間利用するかエリア外となる隣の駅からあるいは先の駅まで買った場合の料金と途中下車する予定の駅で分割して購入した場合の料金などを調べてみると良いかもしれない。発車するともう1度Suicaのエリア外となるため車内清算するようにとのアナウンスがあって次の桃内駅を11時21分に通過した 島式ホームの片側を廃した相対式の駅だ。小高駅からはSuicaの仙台エリアとなるがこの駅には中間線があって貨物列車の待避があったのだろうか。11時31分定刻に原ノ町駅到着 駅舎のある1番線に着いて二人下車されて一人乗ってこられた。仙台駅といわき駅との間に普通電車がここで折り返し運転をしており そのための留置線が2,3番線の島式ホームの向こうに見えた 停まっていたのは701系だろうか仙台駅との往復に使われている普通電車だ。つぎの鹿島駅は旅客ホームが終わっても線路はわかれていてこの長さがあれば貨物列車が待避できるのでないだろうか などと考えていると遠くに風力発電の風車が見えた。日立木駅では上り普通電車が待っていてくれて,11時47分相馬駅1番線に到着3人ほど下車された。相対式ホームで中間線もあるが使うことは今のところはないのだろう ここを出ると次は終着の仙台駅だ。乗っている車両では品川駅から乗り通している方は他に居られず 途中の水戸駅やいわき駅などから乗られた方ばかりで旅行というよりは帰省という感じで大きなスーツケースが見当たらないので通路や最後部の座席後ろもふさがっていないので快適で なによりグループ客が居られないので静かなので長時間の乗車も快適に過ごせそうだ。

 駒ヶ嶺駅を通過して森を抜け田畑が広がり住宅が左側に見えてきたところの踏切から線路は左へカーブする。右側にはまっすぐに線路があったような痕跡が続いているがそこが元の常磐線だ。上り普通電車が停車していた新地駅は津波で流されたらしいが乗っていた警察官が乗客を高台まで避難させ乗務員は跨線橋に上がっていて無事だったと聞く。その新地駅を11時54分に通過した,相対式の駅だが通過した1番線は一線スルーになっていた。 少し走って川を渡ると宮城県になる 少しづつ左へカーブして海から離れて内陸部へ入っていくが途中で右側に旧山元町立中浜小学校が見える 二階の屋根まで津波が押し寄せたらしいが高台への避難は困難だと判断して屋根上や屋根裏などへ避難して全員無事だったことを後世に伝えるための施設として残されているものだ。そこからさらに内陸部に入っていくが森を抜けると高架となりそのまま単式ホームの坂元駅を通過する 元の坂元駅も津波で流されてしまっているがそこからはかなり内陸部に新しい駅はある。高架線が続きそのままトンネルに入りまた高架線を走ると線路の西側に住宅地が広がって山下駅を通過する 島式ホームだが一線スルーになっているようだ。 ここから右にカーブして元の常磐線の位置に戻り震災でも残った古い駅舎がある浜吉田駅を通過した。亘理駅手前で上下線が分かれてさらに中間線も出来て貨物列車の待避も出来る駅だが それよりも駅の東口にお城を模した郷土資料館があって目立つ。

 阿武隈川を渡ると左側に走る東北本線に沿う 仙台駅はもうまもなくだ。東北本線と並んで走るうちに右側に貨物線が合流しそのまま貨物駅があって岩沼駅構内に入る 東口の駅舎前が単式ホームの1番線で常磐線上り専用 島式ホームの2番線が常磐線の下り仙台方面となり特急ひたち3号もここを通過した,反対側の3番線が東北本線の上り線で東北本線の下りは4,5番線島式ホームとなっている。東北本線に入り最高速度も120キロとなるため速度があげて北上する 上下線の間に仙台空港への連絡線が入ってくると名取駅だ,この辺りから住宅地が途切れることはなくなり仙台市に入って南仙台駅を通過し 仙台駅到着と乗り継ぎ列車の案内放送が始まったころ名取川を渡る するとこの鉄橋のところで左から東北新幹線が近づいてきて並走しはじめ東北本線も高架になる 今は再開発されているが長町駅の東側にはヤードや機関区があったことを思い出していると広瀬川を渡る。すると右に貨物線が離れていきビルに囲まれた中を走り仙台駅構内でポイントを渡ることもなく1番線に定刻の12時28分に到着した。 座席定員の半分までは乗っていなかったようだがそれでも普通車9両とグリーン車1両からは大勢のお客さんが降りてこられエスカレーターに長い行列ができた。