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鉄道で道行

牟岐線(阿波海南-徳島,4552D)

2023年5月4日のみどりの日、座りきれないほどのお客さんと共に徳島駅発の4533Dで阿波海南駅に着いた。

この阿波海南駅(あわかいなん)の単式ホームから牟岐線普通列車4552Dとして折り返すのは1200系気動車[1256]両運転台付で徳島運転所の所属。 トイレが付いていて、その前のところは一人掛けのクロスシートで徳島駅行きでは最前席となり、展望特等席だ。 列車番号が4552Dと4000番台の列車はワンマン運転だ、車掌はもちろ客室乗務員も乗らない。 ワンマン運転の列車で、乗車時に乗車券を運転士に渡すなど間違った情報があったり、バスと同じとだけ書いてあるのをみて都心部のような均一料金のバスに乗る時と同じと勘違いされる方も多い。 JR四国の公式ホームページでワンマン運転の列車への乗り方を探してみたが見つからなかった、無人駅から乗る場合、JR四国の無人駅には券売機やJR東日本のように乗車駅証明書発券機が無いので、列車が着いたら車両の後ろよりのドアから乗車し乗ったらそこにある整理券発券機で整理券を取る、乗車券や定期券を持っているとしてもどこの駅から乗ったという証明のため整理券は取った方が良いと思える、JR四国がワンマン運転について乗降方法を公式に案内していないために取るべきかどうかの判断材料がないので、乗車口ドアが開くと整理券を取るよう車内放送が流れるので、乗車券や定期券を持っていても取っておいた方が良いと思う。 そして無人駅で降りる時は有効な乗車券があれば運転士に渡し、定期券があれば運転士に見せて、それ以外であれば運賃表示器から乗った駅からの料金を確認して現金を運賃箱に入れる。 その際、一部のバスのように整理券と多めの料金をいれたら自動でおつりが出てくることはないので両替してから現金を入れないと、おつり分をJR四国に寄付することになる。 徳島駅など旅客駅(無人駅や委託駅でない駅)にはJR四国の駅員が居るので、これらの駅では運転士あるいは乗っていた場合に車掌が乗車券の受取や現金のやり取りはせず、改札口で乗車券を渡すか定期券を見せて通るか、精算所で現金で精算して改札口を通ることになる。 乗車券を持っていなければ、ワンマン運転なら下車する駅に着いたら払う、車掌が乗っていれば乗車したら車掌から乗車券を買うだけのことで難しいことはなく、乗車できるドアはどれかの判断と半自動ドアだった場合ボタンを押さないと開かないことに気を付けていれば牟岐線に乗れる。 

出発信号が青に変わり、12名の乗客を乗せた4552Dは12時8分定刻に阿波海南駅を発車した。 半島部をトンネルで抜けて順調に走り、12時10分浅川駅(あさかわ)に到着、右側に単式ホームがあるだけで山の中に感じるが実際には木々に囲まれて森の中にあるだけですぐそこに集落があり海も近いようだ、1人乗車されて12時12分発車。 トンネルの中で運転席の速度計が80キロを指している、いくつもトンネルをくぐり抜け森の中をしばらく走ると入江が時々見えて単式ホームの鯖瀬駅(さばせ)に12時15分到着、ここも右側にホームがあるのだがそのホームの先に太平洋が見えた、ここでも1人乗車された。 徳島県の太平洋岸はリアス式の断層海岸が続くが、この辺りには大きな入江があり港があって集落があるので駅はおのずと海の近くに出来ている。 再びトンネルで半島を抜けると海が見えた、今日は天気が良くて海がとても綺麗だ。 と海を眺められるのも一瞬で、また森の中を走りトンネルになるが 下って住宅地に出た時、阿波海南駅を出てから最初の踏切を通過した。 ATSが鳴動し、やがて12時20分、牟岐駅(むぎ)に到着、島式ホームの2番線で駅員の居る駅舎へは構内踏切で行くようになっていて、側線が3本もあり牟岐線で最南端の列車交換が出来る駅で、ここから阿波海南駅までが1つの閉塞区間となっている。 ここで初めて1人下車されて3人が乗車されて12時23分定刻に発車した。

街をすぎると、国道と川にそって走り田んぼの広がるところへ出た。 そのまましばらく里山と田んぼの境目を走ると、田んぼの中で制限60キロの左急カーブの途中にある辺川駅(へがわ)に12時26分到着。 再び森の中へ入ったかと思えるが木々が途切れた所から、人家や田んぼそして国道が見えるので、里山の端を走っていることが判る。 谷間が開けたところで12時33分山河内駅(やまがわち)に到着、ここも単式だが左側にホームがある、昔はもう1本線路があったと思わせる広さがあるが、乗降客は少ないので縮小されたか、この列車へでの乗降客は居なかった。 発車すると大小のカーブで車体を左右に揺らしながら、速度を上げて時速80キロで快調に走り、下り始めると家並みが続くようになりATSが鳴動して、日和佐駅(ひわさ)に12時40分着、2分遅れ。 相対式で、海側の1番線に駅舎があってホーム途中にある構内踏切で2番線に渡ってこれる、到着した2番線は元は島式で3番線があったのだろう、JR四国の時刻表によると3番線からの発着は無い。 20数人が乗って来られて、8人が降りられた。 混みあって来た4552Dは12時42分に出発信号の進行現示を確認して発車した。 

左に徳島県最後の霊場、薬王寺が見えて、さらに川沿いの開けた所を走って、北河内駅(きたがわち)に12時44分着、ここも単式ホームがあるだけで、乗降なしだった。 ここを出ると、山間に入っていく、トンネルがいくつもあってかなり登ってから下り始めて、左に大きくカーブしてまたトンネルをくぐると、右にカーブして単式ホームの木岐駅(きき)に12時49分到着、お一人下車されていった。 ここでも、またトンネルで半島を横切り海沿いに出ると、海に近い臨時駅田井ノ浜駅(たいのはま)を12時51分通過、海が近いというより砂浜に駅を造ったようだが、夏の短い間だけ営業する臨時駅にしておくのはもったいない風光明媚な所だ。 トンネルの中でATSが鳴動して、トンネルを出たらすぐ由岐駅(ゆき)に到着、Y字に分岐して相対式ホーム左側に12時52分到着、駅舎のある反対側ホームには普通列車が先着していて、初めての列車交換となる。 乗降客はそれぞれ1人づつだった。

由岐駅を出ると、すぐに登りになりトンネルに入る。 ここを時速90キロとかなりの速度をだして登りきると、いっきに下り人家が見えてくると阿波福井駅(あわふくい)に到着、単式になっているが元は島式ホームだったものを駅舎側ホームの線路を撤去して構内踏切を設置しないようにしたものと思われる、側線だった側を残しているので、駅への進入時に分岐だったところで大きく曲がってからホームへ入るようになっている駅に12時59分着、2人が列車を待っておられた。 半島を横切っているので近くいわけではないが、この阿波福井駅のはるか東、半島の突端に蒲生田岬があり、ここと和歌山県の潮岬を結んだ線が日本の法律では瀬戸内海と太平洋の境界となっている、つまりこのあたりから瀬戸内海沿岸ということだが海ははるか遠くだ。 平地に出て左右が開けてくる、線路は田んぼの真ん中を通っているが、離れた所に人家は続いていて、その人家が集まってきたところで新野駅(あらたの)に13時3分に着いた、ここも単式ホームで二人降りて行かれたが、8人乗って来られた。 平地から外れてトンネルに入り山を一つ越えると、また開けてきてしばらく走ると黄色を点灯させた信号機があった、列車交換できる桑野駅はもうすぐだ。 Y字分岐を左に入り、桑野駅(くわの)駅舎側1番線に13時8分到着。 折り返し列車もある駅で3人乗られて2人降りられた。 

平野部を時速90キロで快適に走り、13時13分阿波橘駅(あわたちばな)の単式ホームに着いた、1人降りて4人乗車。 ここも、島式を片側廃止にしたようで、駅舎側の線路を撤去しているので、駅構内に入る際大きく逆にカーブすることになっているが、構内踏切を廃止出来て安全か。 家と田んぼが交互に続く中を走って単式で駅舎の無い見能林駅(みのばやし)に13時17分に着いたら、大勢の高校生が列車を待っていた、17人乗ってきて、3人降りられた。 市街地が続き大きな建物が見えてきてATSが鳴動して阿南駅(あなん)に到着したのは13時21分だった。 この阿南駅は橋上駅で相対式ホームになっていて1番線に着いた、全てのドアが開いたようで乗降者数を数えられなかったが、ホーム進入時に待っておられた方は4人だけだった。 数分停車している間に乗って来られた方がかなりいただろう。

牟岐線は、パターンダイヤ化されているようで阿南駅から徳島駅へ向けては日中26分と56分で30分毎に発車するようになっている、毎時何分に出ると判っていれば利用しやすくて便利だ。 4552Dは阿南駅の停車時間で遅れを調整して13時26分定刻に発車した。 駅を出て、しばらく走ると川を渡りきると田園地帯になった。 さらに、大きな那賀川を渡ると左にカーブして13時29分阿波中島(あわなかしま)左側に単式ホームがあって、お一人列車を待ておられた、続く西原駅(にしばら)には13時32分着で、ここでもお一人乗車された、右側に単式ホームだった。 田園地帯で家が点在している中を走ると信号機がありATSが鳴動して、列車交換が出来る島式ホームの羽ノ浦駅(はのうら)2番線に13時36分到着、対向列車が先着していた。 4人下車され、4人乗ってこられた。 区画の整った住宅地や団地を過ぎると、田んぼの中にでて、左側だけに家が集まってくるとY字に分岐して列車交換が出来る立江駅(たつえ)に13時39分到着し2人下車された、Y字分岐はスプリングポイントのようだ。 川を渡ったところで崖下にある阿波赤石駅(あわあかいし)に13時42分到着し4人を乗せた。

再び川を渡り運河のような河川と並行する、少しづつ細くなるので農業用水路か、右側には家がつづくが左側は田んぼが広がるが、小さな川を渡ると両側に家が建ち並ぶと列車は速度を落として南小松島駅(みなみこまつしま)に13時46分着。 島式ホームの2番線で3人乗って4人降りられていった。 この駅では列車交換だけではなく、徳島駅行きの特急を普通列車が待つことがあるようで、朝に1本だけ徳島駅行きの1番線発着がある、その1番線に発車時刻の13時49分を過ぎても対向列車が来ないので発車できないで待っている。 この駅で降りて、川を渡った先に旧小松島駅があってそこにC12が保存されている、途中には蒲鉾店がいくつかあって海辺を感じさせる街並みが続く、廃止になるまでは市の代表駅は小松島駅だった。 手前の羽ノ浦駅とここ南小松島駅は旅客駅扱いだが土日や祝日に駅員は不在となる

対向列車、阿波海南駅行きがよっやく到着して13時51分に南小松島駅を発車した。 少し田畑があるが住宅の続くなかを走ると中田駅(ちゅうでん)に2分遅れて13時53分到着、3人降りられて6人乗って来られたが、なんとそのうちの1人は車掌で運転席脇に陣取られた。 島式ホームで行き違いが出来るが駅舎側に側線が残っていた、この側線のあたりから小松島線が出ていたのだろうか、それにしては廃止されてからかなり経つ。 発車後「二分遅」を運転士のあと「二分遅」と車掌が繰り返していた。 田んぼに集落が点在するなかを走り、左側に小高い丘をすぎて13時58分に地蔵橋駅(じぞうばし)にY字分岐の片側を廃止したような曲がり方で単式ホームに入って橈尺し、3人が乗車された。 

地蔵橋駅は徳島市にあるので、このあたりはベッドタウンなのだろう住宅地が続き、川を渡ると文化の森駅(ぶんかのもり)に14時2分到着。 堤防の高さのままで単式の高架駅になっているが片面は田んぼで広々としていて森は見えないし、ホームのある側は住宅地で遠くに山が見えるだけだ。 乗降客は無く、2分半遅れのまま発車した。 工場や大型店舗、そして住宅が続く中を走るとATS鳴動して島式ホームの二軒屋駅(にけんや)に2分遅れの14時4分に着いた、島式ホームで側線が1本ある。 ここで対向列車を待つが徳島駅発14時ちょうどの列車だろうか、牟岐線の徳島駅発は日中0分と30分に統一されているので発車時刻は覚えやすい。 14時7分、対向列車の到着を待って発車したが、乗降客は数分停車してもいなかった。 住宅の間を抜けるように進み阿波富田駅(あわとみだ)の単式ホームに14時9分に着いた、ホームのある線路右側(海側)の方に徳島絵県庁があるらしいこの駅では3人が降りられた。 左にカーブすると右側に側線が何本も分かれていき徳島運転所に停留中の気動車が見え始めると、徳島駅構内だ。 場内信号の3が黄色を現示していて、そのまま徳島駅3番線に14時14分に着いた、駅改札口があるので徳島駅では車掌が料金精算や乗車券と定期券の確認は行わないので、改札口脇の精算所には長い列が出来たが、フリー乗車券を持っているので改札口へ直接向かった。

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鉄道の記録

C12 280(小松島市)

2023年5月4日、牟岐線の南小松島駅で降りた。 小さな駅舎を出て、駅前広場の左手正面ではなく右側へ回りこんで道路を渡りそのまま通りに入っていく。 実際には、右でも左でも川に突き当たるので同じことだが、川を渡る橋は海沿いのあるので右側を 歩いた方が少し近い。 かすかに潮の香りを感じつつ大きな橋を渡る右手遠くに島のように見えるが、実際には湾になっていて対岸が見えてるが遥か遠くだ、渡り切ると交差点左手に木々に囲まれた一帯が見えてくる、ここがステーションパークでこの中にC12-280がオハフ50を従えて展示されている。

森の中に入っていくと、大きな狸がある(かなり有名らしい)。 さらに進むと、右手にC12が見えてくる。 廃線跡に沿っているのではないから、新しく線路を敷いて駅を模したホームを作ったのだろうか、姫路市のC57と違ってここはホームに上がれるしベンチもあり、散歩途中の方々が休んでおられたが駅のホームで列車を待つ姿のようだ。 さてC12だが、かなり痛んでいて錆びて穴も開いているところも多い、海が近いわりにはまだ保たれていると考えるべきか。 

模型製作の資料として撮影するので、錆びていても形さえあれば良いのだが一部欠損していたり錆びて朽ちてしまっているところがあって、保存することの大変さを感じた。 シリンダー尻棒が無い、これくらい大きな部品であれば朽ち果てたのではなく最初から付けられていないと判断できるが、小さい部品や配管などは判断が付かない場合が多いので、いくつもの保存機を訪ねて資料を増やしていくしかないのだ。 ホームに上がれるので、一脚+セルフタイマーという技を使わずに煙突やドームなどを近くから撮影できるが、キャブのガラスに格子が当てられているのは24時間だれでも近寄れるから仕方がない、キャブ内の撮影は諦めることにした。

ここのC12はオハフ50を従えている。 小松島線で実際に走っていた車両を青く塗りなおして展示しているが、ガラスに何か貼ってあるのか車内は見えない、車内は京都鉄道博物館で確認できるから、ここでは片側だけだが床下の装備や配管などを記録した。  

最後に、徳島駅からここに来るにはJR牟岐線で南小松島駅まで来て駅から少し歩く方法と、徳島駅前から徳島バスに乗って、ステーションパークの近くにある徳島赤十字病院まで来る方法がある、料金を調べたところ330円で同じだった。 道路の混み具合にもよるだろうがバスはおよそ30分位かかるようで、20分弱JRに乗って10分位歩くのと時間は変わらない。 今回は、牟岐線や鳴門線などに乗るから「四国再発見早トクきっぷ」を買ってあるので、JRにした。 休日限定だが、JR四国の普通列車に乗り放題の切符は、ワンマン運転などのローカル線で都度精算しなくて済み手間が掛からない、途中駅で降りる場合よりも徳島駅などでは車内清算ではなく精算所に並ぶことになるので時間がかかるが、これがあれば改札口をそのまま通れるので時間短縮にもなるし、阿波海南駅から徳島駅まで牟岐線全線完全乗車するだけで1,830円かかるので、往復するだけで充分もとが取れる。 

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68692(徳島市)

この機関車は、JR徳島駅の裏にある。

たった一行で終わってしまうが、実際に駅から歩いて行ってみたことを記しておくことにする。 徳島駅ビル・クレメントプラザを出ると左手にタクシー乗り場があり、もっと左側に高速バスや路線バスのターミナルが広がっている。 駅ビルを出て、左側に進んでタクシー乗り場やバスターミナルを右手に見ながら進むと、右手にダイワロイネットホテルがある。 これも右手に見ながら歩いていくと、左側の建物が地上駐車場となって、この駐車場越しにJR牟岐線の線路とその奥に徳島運転所に停留する気動車が見える。 目指す機関車はその奥の森の中にある。

NHKの前を過ぎると、跨線橋がありこれを渡る。 跨線橋は徳島運転所から少し離れているので車両を撮影するには望遠レンズが必要になるが、牟岐線を撮影するには線路がカーブしているのでちょうど良い位置になる。 渡り終えると、そこは徳島中央公園、左側に売店をかねた食堂が二軒もあり美味しそうだったので昼食を済ませてきたことを悔やみながら奥へと進む、売店を過ぎると左手奥に徳島運転所の気動車が見えるが、そちらの方向ではなくて少し森の中へ公園の中へ入るように広い通りを道なりに行くと68692が右手に見えてくる。

機関車の右側はフェンスで遮られて、更にランボードから下は金網が張られていて厳重に守られている。 正面に回ると、左側は駅舎やホームになっていて機関車のところまで行けるようになっている。 という事は、68692のシリンダーやロッド、テンダーの台車などは左右いずれも見れないということだ。 この機関車は小松島線で走っていたものらしく、ホームには当時まだ阿波富田駅が無かったのだろう徳島駅の次は佐古駅と二軒屋駅になっていた。  ただ、当時のホームは760mmだったはずで、この68692が停車している徳島駅のホームは明らかに高い。 そのおかげで、デフの裏側から逆転棒、コンプレッサーなどが近くからみれて配管などの取り回し具合なども良く観察出来る。 キャブ窓には格子が取り付けられていて、柵があって運転台に入れないようになっているが、そのため内部は綺麗に保存されていて製作資料としては良い写真が撮れる。 銅管は盗まれるからか、ビニールホースになっているのはご愛敬だが、これもかえってどこからどこへ繋がっているのかがわかって良い。 保存状態は良しとは言えないが、何十年と保存されてきているわりには悪くない方だろう。

68692を後にし、更に小道を進むと徳島運転所の真裏に出る。 間に堀があって徳島運転所には入れないが、壁やフェンスがあるわけではないのでかなり近寄って撮影できる。 また、駐車場越しに転車台も見えた。 徳島運転所を眺めながら歩くと、そのまま線路沿いに出る道があり、公園から離れる。 線路沿いの道からは徳島運転所から出てくる車両が徳島駅に入るために渡っていくため、踏切をこえてかなり佐古駅寄りまで行ってから戻ってくる姿が見れた。

徳島駅の佐古駅側にある、この踏切は徳島駅からは少し離れてしまうが、到着する列車や徳島駅を発車してきた列車などを撮影するにはとても良い位置になるし、何より徳島運転所から出てきて1番線に入る列車などはこの踏切をこえてさらに向こうまで行ってから戻ってくる。 68692を撮影しに行くのなら行きと帰りのルートを変えるのが良いだろう、牟岐線の発着時間に合わせて跨線橋へ向かうか、高徳線か徳島線の発着に合わせて踏切に向かうかを決めればどうだろう。 踏切脇にグランドパレス徳島というホテルがあり、その隣から駅に向かってポッポ商店街という趣のあるアーケードがあり、これを抜ければ徳島駅前に戻れる。

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水郡線(水戸ー常陸太田,927D)

時刻表で、推理小説のトリックネタに使える列車を見つけたので、令和5年5月21日に乗ってみるため、水戸駅に降り立った。 

水戸駅(みと)はJR東日本が1番線から7番線、鹿島臨海鉄道が8番線の島式ホームが4本並ぶ大きな駅だ。北側の1番線と2番線が水郡線の発着ホームで、1番線はホーム途中で線路が切れていて、水戸駅の西側にある水戸運輸区への出入りは2番線が使われる。 ちなみに、3番線と4番線が下りホームで特急は4番線を使い5番線と6番線が常磐線上りと水戸線直通が使用して、7番線は上り線の特急専用となっている。 また、この駅では2-3,4-5,6-7の間に中線が残っていて貨物列車が待避できるようになっている。 

8時24分に常陸太田駅からの832Dが2番線に到着し、これが9時6分発の常陸太田駅行きとなって折り返すのだが、1番線にはすでに9時23分発郡山駅行き329Dの4両編成が入線していて上菅谷駅より先の常陸大宮駅方面へ乗車される方だろうかお二人ほど乗っておられた。 329Dは前寄り2両が郡山駅まで行き、後寄り2両は常陸大子駅で切り離しになる。

832Dからの下車客数はかなり多くおそらく立ち席がかなりあったと思われ、その方々がエスカレーターや階段で改札のある3階へ上がっていかれるとホームにはE130系気動車が2編成がかすかにエンジン音をさせているだけの静けさが戻った。 これから乗る常陸太田駅行き927Dは 常陸太田駅←[<キハE132-6]+[キハE131-6>]→水戸駅という車両編成で常陸大子駅に隣接する水戸支社水郡線統括センター所属で水スイ(水と支社スイ郡線)と車両に表記がありキハE131にトイレが付いている。 キハE130は両運転台付で側面中央が赤いのに対し、今回のキハE131+E132は緑色に塗られているので遠くからでも判る、キハE131にはトイレが付いているので座席数が少ないが両運転台のキハE130よりは座席数が多い。 車内は1-2並びのクロスシートがあってドア付近はロングシートとなっているが、通勤通学の時間には1-2の座席の方が通路が広くなって乗降時間が短縮され立ち席の方が多く乗れる。 乗降ドアは半自動化されていてボタンで開けるが、このEmono130系気動車にも車外に閉めるボタンはない。

水戸駅停車中に、Suicaでの乗車時についての案内放送があった。 水郡線では水戸駅、上菅谷駅、常陸大宮駅、常陸大子駅、常陸太田駅と郡山駅がSuica対応になっているが、郡山駅までSuicaで乗っていくことは出来ない。 水郡線でSuicaの使える駅という質問に郡山駅も含めた回答をよく見かけるが、これは間違いではないが会津若松駅や福島駅から乗ってきて郡山駅で降りる時にはSuicaで改札を出れるが 水郡線のSuicaが使える駅から乗ってきても郡山駅はエリア外なので改札を通れない。 また、水郡線ではSuicaの定期券は発行されない、例え使える駅から使える駅までの定期券だったとしても途中駅で降りることに対処できないから発行しないのだと思う。 品川駅や土浦駅などSuicaが使える駅からSuicaで乗ってきて水郡線でSuicaの使えない駅で降りる場合は面倒な事になる(車掌か運転士がSuicaから乗車駅情報を読み取って、その駅から下車使用としている駅までの料金を現金で払って、後からSuicaが使える有人駅に行きSuicaの乗車記録を抹消してもらうことになるらしいが未確認、元々Suicaは車内で精算することはここに限らず出来ないが) また、水郡線の乗り方について「乗車時に乗車券を入れる」と書かれているものがネットにあるが、これは間違いだろう、無人駅から乗車する場合は車内に設置してある整理券発券機から整理券を取って、下車する駅も無人駅でワンマン運転の場合には一番前のドアからしか降りれない(他のドアは車内からは開かない)ので乗車券を持っていなければ整理券番号から対応する料金を調べて現金で払って下車するわけで、乗車券を乗車時に入れてしまっては下車する時に困ると思う。

9時7分、乗客10人を乗せ水戸駅1分遅れでて発車。 すぐに左にカーブしながら常磐線から離れ、水戸城の堀だったという深い谷を抜けて那珂川を渡る、堤防の高さの上を橋で越えて道路を立体交差で越えるまで高架を60Km/hで走り、やがて下り坂を折り切ると常陸青柳駅(ひたちあおやぎ)に9時10分着、Y字型に分岐している駅で1線スルーにはなっていないようで、どちらが側が何番線ということも表示が無くわからないがこちら常陸太田駅行きは西側に到着した(ホームに対して列車の右側のドアが開いた)。 島式ホームの反対側にはかなり混んでいる水戸駅行きが到着していて、こちらの到着を待って先に発車していき、こちらは9時11分に発車したが乗降客はいなかった。

駅を出てしばらくは家が続いたが、それが途切れると田んぼの中を80Km/hで快調に走り、その開けた田んぼが終わり高台に登り始める途中に常陸津田駅(ひたちつだ)がある。 単式ホームに9時13分着、ホームの水戸駅寄り半分が低くて上菅谷駅よりが高くなっている、客車用760ミリではないだろうから電車用1100ミリとその他用920ミリか。 以前に走っていたキハ110系は床下高さが1175ミリだったのでちょっと段差が出来ていたがキハE130系は床下高さが1130ミリに下げられたので乗降ドアに段差が少なくなったはずだがステップはこれにもある。 勾配の途中で曲線部に作られた常陸津田駅から乗ろうと4人待っておられたがドアが開けられず前の車両へ走って行かれたが外からは開けられるはずなのだが自動で開くと思われたか。 エンジンをうならせ更に登って単式ホームの後台駅(ごだい)に9時16分到着し、一人降りられた。 ここも、ホームの水戸駅寄りが低く上菅谷駅寄りが高くなっていた。

田園地帯を抜けて、新しい家が目立ち始めると下菅谷駅(しもすがや)に着く、相対式ホームで行き違いが出来る駅だが大きくカーブしている為かホーム中ほどに中継信号機があり、さらに跨線橋もある駅に9時19分到着、二人降りられたがここでも乗車される方はいなかった。 次の中菅谷(なかすがや)には9時21分着、単式ホームにこの列車を待たれた方も降りられた方もいらっしゃらなかった。

55Km/hで比較的ゆっくり進み、Suicaで入出場が出来る上菅谷駅(かみすがや)に着いた。 島式ホームで1,2番線、単式で3番線があるが、927Dは3番線に9時23分着し4人降りられて1人乗ってこられた。 上菅谷駅は9時44発なのでおよそ20分の停車となる。 9時29分に1番線に水戸駅行きが来て列車交換はせずに9時31分発車していった、かなり混んでいたがこちらに乗り継いだ方はいらっしゃらなかった。 9時40分、郡山駅行きが2番線に到着した、これは水戸駅1番線に先に入線していた9時23分発郡山駅行き4両編成だ。 

そう、この上菅谷駅で 9時6分に先発した927D常陸太田駅行きに9時23分発929D郡山駅行きが追い付き、常陸太田駅行きに乗り継げるのだ。 水戸駅に先に停まっていて、17分先に出た列車に追いつく郡山駅行きから7人の方がこちらに乗り移ってこられた。 9時41分に郡山駅行きが先に発車していったが、上菅谷駅でかなりの方が下車されてしまいとても空いていた。

9時44分定刻、上菅谷駅発車。 郡山駅方面行きの線路を超えて右側の常陸太田支線に入るため分岐をいくつか渡り、少し並走すると郡山駅方面行きが左へ離れていった。 ここからは、全ての駅が単式で列車交換が出来る駅はないので、常陸太田駅まで同じ閉塞区間内となるので停留所扱いか。 9時48分南酒出駅(みなみさかいで)到着、駅名の由来なのかどうかわからないが日本酒やウィスキーそしてビールで有名な木内酒造が近くにあるらしいが、水郡線の常陸鴻巣駅に近いところにあるお店の方が一般売りメインのようなので今回は下車せず乗り通すことにした。 畑の中をはしり、次の額田駅(ぬかだ)に9時50分着、5人が降りていった。 ここから森の中を左右にカーブしながら走り開けたと思ったら久慈川の河川敷に出ていた、鉄橋を渡ると家並みが続いて河合駅(かわい)9時55着、乗降客が無いからかすぐに発車した。 駅を出ると家が途切れて田んぼの真ん中を一直線に進み9時57分谷河原駅(たにがわら)到着、常陸太田駅寄りのホーム先端は道路に接しているがホーム自体は左右とも大きく広がった田んぼの中にあり、広々とした爽快感のある駅を9時58分発車。

大きな建物が見えるようになり、常陸太田市街に入る。 街中を少し走り10時ちょうど常陸太田駅(ひたちおおた)到着。 日立市から日立電鉄が走っていたころは、今よりももう少し北に線路が伸びていて日立電鉄の駅と向かい合っていて線路の東側にホームと駅舎があったが、今は駅が南へ少し移動して元駅があった場所はロータリーに整備されて綺麗になっている。 指定券発売機もあり駅員配置駅で、Suicaでも乗降できる新しい駅は線路の西側に改札口と駅舎が作られていた。 機回し線も待避線もない、単線行き止まりの駅からさきほどの927Dが上菅谷駅行き928Dとして折り返していくのに乗らないと次は12時まで無いので、急いで乗車記録を兼ねた入場券を購入して、改札口へ向かった。