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鉄道の記録

鶴居村営軌道

釧路駅から路線バスが数本あるが平日と土日で運行が変わるようで利用する際はよく調べてからの方がよさそうだ,路線バスは釧路駅始発ではなく市立病院から来る。 連絡バスが満員になって乗り損なう事がある釧路空港からレンタカーを利用すれば釧路市街を通らずに鶴居村へ行ける。 釧路市と阿寒湖を結ぶ国道からは離れていて、釧網線の四標茶駅や摩周駅からも距離があるのでレンタカーならば鶴居村から先へそのまま向かうのが良さそうだが阿寒湖や北見方面へ抜けるには迂回するか峠越えとなる。

新富士駅から今の鶴居村役場がある辺りまで線路で結ばれていたらしく、途中の下幌呂というところで西に支線が分岐していたらしい。この廃線跡の一部が釧路湿原の遊歩道になって残っているようで、鶴居村と釧路市をつなぐ道道からは少し東側に線路が敷かれていたようだ。鶴居村役場より少し先まで路線バスは走っているが「役場前」で降りてセイコーマートのある交差点を東へと入る 診療所があってその次に目指す「ふるさと情報館」があるのだが大きな建物は目立つが案内看板は小さいものが入り口にあるだけで注意してみて行かないと行き過ぎる。この入り口からは保存されている車両が見える。

8tディーゼル機関車は札幌市にあった泰和工業製で 同じくこの会社で作られた鶴居村村営軌道の6tディーゼル機関車が丸瀬布で動態保存されていて兄弟車だがこちらは動かない。その隣りに自走客車も展示されていて出入口ドアに向かって階段があるので車内に乗ることが出来るようだ。別海村営軌道の自走客車は釧路製作所製だったが ここの自走客車は機関車と同じく泰和工業製なので 少し違う。こちらの自走客車も朝顔カプラーが付いているのでミルクゴンドラ車を牽いて走ったのかもしれない。機関車と自走客車には屋根がかかっているが 他に有蓋車が1両置いてあるが、これが機関車などよりも塗装が綺麗で訪れた時は塗装修理されてすぐだったのだろうか 小さな車輪の台車の上に大きな荷物室が乗っていてアンバランスな何とも言えない味わい深さがあった。
「ふるさと情報館」には図書室の他に展示資料室があり鶴居村営軌道の展示もあって当時使われていたミルクタンクの展示もあった。

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鉄道の記録

浜中町営軌道

根室本線の茶内駅には浜中町営軌道の資料が展示されている,この茶内駅では一日に上下5本しかない列車のうち日中の4本がこの駅で列車交換を行う 2,3時間の列車待ちは見学するのに丁度良い待ち時間となるかもしれない。
当時の国鉄茶内駅の北側に簡易軌道の駅があり根室方面に牛乳工場があって引き込み線で繋がっていたらしく簡易軌道は工場の手前で左にカーブして北上していったようで 今の駅前の真っすぐな通りとはずれていたようだ。
駅前から起伏があって先は見通せないが真っすぐな道を1キロほど歩くと右側に浜中町農村運動広場というグランドと体育館があって そこの駐車場に車両が展示されている。

8tディーゼル機関車が展示されていて 他に自動客車の台車だけが置いてある。運行当時は生乳を運ぶためのミルクゴンドラの他にタンク車もあったようだが展示はされていない,この浜中町営軌道は秩父内駅から西円朱別と東円朱別へと分かれていたが東へ進路を変えて東円朱別駅へ向かっていた路線はやがて延長されて別海町の上風連駅まで走っていたらしいが,別海村営軌道の上風連駅とは別で 場所もかなり離れていたらしいが 浜中町営が別海町まで走っていたというのは面白い。

この展示されている浜中町農村運動広場だが 道路をはさんで反対側に茶内中学校があるのでレンタカーなどで訪れる際はナビにこの中学校を設定するのが良い。茶内駅はここから約1キロ離れているので市街地を通過するように案内されるおそれがある。国道44号線を走ってきてセイコーマートのある交差点を曲がるとすぐ左側に機関車が見えてくる。

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鉄道の記録

別海村営軌道

根室駅から厚床駅を経由して中標津空港へのバスが近くの「奥行」を通る,他に別海町町営のバスが町立別海病院から運行しているが 空港へのバスは一日に4本で根室駅からも中標津空港からもほぼ1時間の距離で厚床駅からは15分くらいか。運行時間をよく調べてちょうど良い具合にバスが通れば良いが 厚床駅から10キロはあるので歩くには距離がありすぎるから レンタカーがお薦めだ。厚床駅の駅前から国道243号線を北上する,駅からすぐの国道44号線を過ぎて最初の信号だったと思う 途中の10キロ近く走っても信号どころか交差点すらないような快適な道をひたすら走ってくると直進が国道244号線で標津方面で、左折が弟子屈方面への国道243号線とういう標識が出て 信号を左折するとすぐ左に「奥行」というバス停がある。さらに並ぶように案内看板があって旧奥行臼駅逓所や旧奥行臼駅は左折とある,その通りに左折すると右側に旧奥行臼駅逓所が左側に旧奥行臼駅がある。 JR標津線の駅で別海村営軌道とも接続していたのだろう交通の要所だったらしいが 今は周りには他に何もなく 当時の標津線もこの奥行臼駅の次は根室本線の厚床駅だった。

そして、さらに少し進むと右側に別海村営軌道の風連線の線路跡に車両が保存されターンテーブルも残されている郷土資料館がある。JR標津線の奥行臼駅の駅前から村営軌道が道道を超えて上風連まで走っていたその線路上に保存されているのは8t自走客車(ディーゼルカー)と内燃機関車(ディーゼル機関車),そしてミルクゴンドラ車(貨車)で それぞれの名称は ここにあった案内看板によるものだ。
8t自走客車は綺麗に塗装が直されれいるが昭和38年製なので仕方がないが車体下部に錆による浮き上がりが出ていた,また車内には入ることは出来ないようだが車内が見えるように踏み台が設置してあった。内燃機関車はミルクゴンドラ車などの貨車を引いたのだろう 浜中の物とは異なりこちらは加藤製作所の6tだ。ミルクゴンドラ車には乗れるように階段が設置されてあおりも乗り降りするためにその部分のみ取り除かれている 各酪農農家から集めた生乳をこれに積んで運んだのだろうが 浜中の場合は茶臼に牛乳工場があったらいが こちら別海ではどこまで生乳を運んだのだろうか。
少し奥にターンテーブルの跡だけ丸く残っているが上風連まで延びていた線路から分岐してこのターンテーブルを通って車庫があったようで郷土資料館の裏が少し開けている。

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鉄道の記録

C60 1 (仙台市)

仙台駅で在来線 中央改札口を出ると西口になる,仙台駅には西口改札はないので慣れないと注意が必要だ。駅から出るとペデストリアンデッキが広がっていて その下につまり地上にバスターミナルがある しかし目的の西口公園へ向かうバスはこのターミナルからではなく その向こうの愛宕上杉通りにある60番バス停に停まるので デッキの正面右奥に見える「ロフト」を目指して進み愛宕上杉通りの上まで行って 通りの向こう側まで渡ってビルの中で地上に降りるとそこに60番バス停がある。 地下通路を通って来た場合は「中央出口2」で地上に上がるとここに出れる。

目指すC60は西公園にあるが南北に広がる大きな公園で 地下鉄東西線ならば大町西公園駅,地下鉄南北線では当台公園駅が最寄駅となるが数百メートルあるので10分程度歩く 公園の中を北に向かう又は定禅寺通りの欅並木を歩くのも風情があるが仙台駅までJRで来て地下鉄に乗り換えるならばバスに乗った方が早くて楽だ。 仙台駅からアーケードのある繁華街など通って西公園まで歩いても30分程度なので 散歩がてら歩くのも良い。

60番バス停から「定禅寺通市役所前経由交通局東北大学病院前」行きバスに乗る。 いくつもの系統番号のバスが来るが出発地が異なるからいくつもの番号があるようで行き先の「定禅寺市役所前経由交通局東北大学病院前」というのを確かめて乗れば良く 定禅寺通りで左折して市役所の前を通るバスに乗って「市民会館前」で降りるだけだ。 定禅寺通りの西側の終わりが西公園で丁字路の交差点の名称は「市民会館前」で定禅寺通りを西に向かって歩いて行っても正面にC60が見えてくるし,バスならば丁字路を右折する際にC60が見える。

1996年に展示されるようになったころは屋根はなかったと思うが 今は屋根付きで展示されていることもあり錆なども浮いておらず綺麗ではあるが,ランボードに白線があったりするのは良いが手すりも白く塗られているてだけでなく一部の配管などが黄色に塗られているのはいかがなものかという意見が出そうだ。 模型を作る者からすると黒一色よりも個々の形状やつながりがわかりやすいので助かるのだが 展示物としては真鍮磨きだしの代わりにも黄色というのは費用の面から仕方ないのかもしれないけれど 配管は黒で良かったのでないかと思う。

キャブ内にも入れるようになっている,ここでも配管が黄色に塗られているがそれぞれのバルブが何なのか 他にも何のメーターなのかと説明が付いているのは珍しい これまで何となくそうなのだろうと思っていたものの答え合わせができた。 C59の従台車を2軸化して軸重を軽くして東北本線などで活躍したC60だが ここ仙台市に保存されている1号機だけが現存する唯一の車両となっている。

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鉄道で道行

仙石東北ライン (石巻-仙台,5560D)

雨の上がった令和7年11月3日 石巻駅から仙台駅へ向かう。
石巻駅駅舎内には待合室やベンチなどはないがNewDaysはあって朝から賑わっていた。自動化された改札の脇に精算所とみどりの窓口を兼ねているような有人改札口がある,そうこの駅は無人駅ではない。改札口の正面が石巻駅では3番線となり石巻線のホームになるため架線は張られていない 線路を挟んで島式ホームの4,5番線があって さらにその北側に貨物用側線や機回し線があり,今朝も小牛田駅からディーゼル機関車DD200型に牽かれたコンテナ列車が停まっていた。3番線の小牛田駅寄り つまりは仙台駅寄りに切り欠きホームとして1番線があって仙石線が主に発着する2番線と留置線が1本南側にある 駅の南側から2,1,3,4,5とホームが並んでいて仙石線のホーム1,2番線は行き止まり式だ。

1番線には8時11分発の仙石東北ライン仙台駅行き5560D快速列車が出発時間を待っていた。車両はHB-210系 配置は小牛田運輸区なので「仙ココ」仙台駅←+→石巻駅という2両編成が2組の4両で仙台駅へと向かう [HB-E211]の石巻駅寄りにトイレがあり 全車とも一部がクロスシートとなっている。石巻駅の2番線で出発を待っていた仙石線の205系電車も4両編成でトイレも増設されているが全てロングシートだ。発車メロディが終わり定刻に5560Dは座席の9割ほどをうめて石巻駅を発車した すぐに石巻線ホーム3番線からの渡り線が右から合流してくる,そのまま石巻線が右側に並んで並走するが やがて直線になるともう1本石巻線からの渡り線があった 石巻駅の北側で機回しを行った貨物列車はここで仙石線に転線してくるようだ。仙石線はこの先で左にカーブして住宅地のなかを走り 8時13分に島式ホームの陸前山下駅1番線に着いて対向列車の到着を待つ この駅は石巻駅寄りに構内踏切があって駅舎へと渡るようになっていて20人くらい乗車してきたがそれ以上に高校生たちが降りていった。2番線に石巻駅行きが着いたのでこちらが先に8時16分に発車した ホームが終わるとが南側へ石巻港駅への貨物線が別れていった。 そのまま沿線には住宅地が続き運河を渡り蛇田駅に着いた 線路の北側に単式ホームと駅舎がある ここを出ると住宅地の中で直線区間となったのか速度を上げたので発電用エンジンが回りだしてかなり煩い,住宅地が終わらぬまま8時21分石巻あゆみ野駅に着いた 単式ホームだが住宅を整備して駅を設置したのだろう新しいし駅前にはロータリーもあり 高校生が数人下車して行き数人が乗車されてきた 陸前山下駅や石巻ゆめみ野駅の近くには高校があるのだろう,石巻駅からほとんどの乗客が仙台駅まで向かうのだろうと思っていたが 高校生が学校近くの駅まで休日でも部活動かなにかで乗車し 途中で降りていくが それと同じくらい一般の乗車があって空席は出来ないままとなった。

石巻あゆみ野駅を出るとすぐ東松島市になる、ここまで続いてきた住宅地が終わり空き地が広がる中をしばらく走ると再び住宅地となり陸前赤井駅に8時24分到着した,島式ホームの2番線に着いたが1線スルー式のようだ 構内踏切が仙台駅側にあった,数人が乗車されてきたがまだ空席がある。次の東矢本駅を8時26分に通過した この列車で初めての通過駅だ。すぐに矢本駅 島式ホームの2番線(北側で仙台駅向きでホーム右側)に8時27分到着して各車両に4,5人づつの乗車があったが石巻駅寄りにある構内踏切を見た限りでは下車客はなかった。この駅を出ると左側に国道45号線が寄ってきて並ぶ そしてその先に松島基地が見えてくる 田んぼの中を快調にエンジン音を響かせて走り鹿妻駅を8時30分に通過した 単式ホームの無人駅だが駅前に自衛隊機が展示されている。離れていった国道45号線が陸橋で線路の上を超えて行くと車窓左側には田んぼが広がるがやがて新しい住宅が建ちはじめるが駅が近づき減速しだす線路の左側つまり海側は再び田んぼとなり島式ホームの2番線に8時32分到着した おそらく2番線側は1線スルーと思われる,二人ほど下車されたがすぐには発車せず対向列車を待つ やがて到着した石巻駅行き列車が先に発車して行き こちらは8時35分に陸前小野駅を発車した。ここから左にカーブして高架となる,旧線は川までほぼ直進して川を渡ってから左にカーブして海の方へ向かっていたが今は高架で川を渡りそのまま高台へと登って松島湾から離れる。野蒜駅には定刻の8時38分に着いた,新しくなった野蒜駅も島式ホームで到着した2番線側が1線スルーになっている 高台に移設されたわけだが眼下に旧野蒜駅が見下ろせる位置にある 5人が新たな乗客となり8時39分に発車した。 右側に新興住宅地が続き新しくなった高名駅の島式ホームを通過すると坂を下って松島湾沿岸に出て陸前大塚駅へ 今は高い堤防が作られて守られているが 時々見える松島湾は穏やかな海であった 入り江を奥へと進み陸前富山駅も通過する。内陸部へと進みトンネルを一つ抜けると手樽駅となるが単式ホームをそのまま通過すると両側が田んぼになる 高城駅が近いので仙石線の乗り換えアナウンスが流れるなか住宅地となりトンネルを抜けると高城町駅の島式ホーム2番線に8時47分に着いて一人降りられていったが6人ほど乗ってこられるのが見えた 仙台駅よりに構内踏切がある こちらを待っていた仙石東北ラインの石巻駅行き快速列車が先に発車して行き 8時48分こちらも発車した。川を渡り高台にあがると右側に東北本線が近づいてきて渡り線を通りその上り線に入る しばらく仙石線と並走するがやがて仙石線は松島海岸駅へと向かっていった。この連絡線は東北本線の松島駅構内という扱いらしく乗車券上も松島駅経由となるようで高城町駅と松島駅を使って乗り換える時に この両駅で途中下車可能な乗車券であれば特例が認められているようだ。 

東北本線に入ると複線ということもあるが速度を上げて快調に走る,仙石線がこちら側の下をくぐり内陸部へと入りすぐにまた下をくぐって海側へと離れていき8時57分仙石線の陸前浜田駅の隣りを通過すると仙石線の向こうに海が広がると塩竈の町は近い。塩釜駅での松島駅や小牛田駅方面への乗り換えについてのアナウンスがあって島式ホームの1番線海側に8時57分に着いた 駅舎は海側の下がったところにある二人くらい降りていかれたようだがかなりの乗車客があって混雑してきて8時48分定刻に塩釜駅を出て右に大きく曲がると国府多賀城駅だ 9時ちょうどに相対式ホームの2番線についたが橋上駅で駅前に東北歴史博物館がある 10人ほどを乗せて9時1分に発車した。 やがて仙台港駅からDE65のディーゼル機関車に牽かれたタンク車が左から寄ってきて陸前山王駅に到着 駅舎前の単式1番線と島式ホームの2,3番線があって その3番線に9時3分に到着した 駅の南側には貨物線が複数あって仙台臨海鉄道の駅でもある陸前山王駅からも10人ほど乗車されてきた。発車後に貨物線が全て本線に合流してきたころ乗り換えのアナウンスが入った,右から利府駅からの線路が合流してきて頭上を東北新幹線が横切ると岩切駅構内となる。島式ホームが2本あり 3,4番線が東北本線用らしく9時6分にその4番線に着いた 南側に貨物側線があってコンテナ列車がこちらを待っていた。3人ほど乗せて定刻に発車するが この駅から仙台市内になっている 終点仙台駅は近い。岩切駅を出ると左手に仙台貨物ターミナル新設工事が見える すでに線路が敷かれたところもあるが完成まではもう少しかかるようだ。東仙台信号場から南側にもう1本線路が延びて複線+単線の三線区間となりJR貨物の仙台総合鉄道部 つまり元の仙台機関区があり EH500やDE10がたくさん見えて東仙台駅構内にはいる 駅舎は下り線側にあり単式1番線と2番線は島式になっているが南側の3番線はフェンスで塞がれていてこの先で左へそれて行く貨物線へと続いているようで 東北本線の上り線仙台駅寄りには戻れるようにはなっていなかった(複線の貨物線下り線路が東仙台駅3番線となる)。9時12分に4人の乗客を乗せて東仙台駅を発車した列車はやがて上下線の間に仙台車両センター通過して仙台駅へと向かう,乗り換えのアナウンスもさすがに仙台駅ともなれば新幹線や在来線各線と多方面へ列車が走るため長くなるのでかなり早いうちから始まった。仙山線が頭上を越えて左側にきて並走を始めるが東仙台信号場のように複線+単線で東北本線上り線から仙山線側への渡り線があるが仙台車両センターへの出入り用だろう、大きく左にカーブして新幹線が右側に位置を変えると仙台駅構内となる,東北本線は主に1,2番線発着のようだがこの仙石東北ラインは4番線に9時16分に着いた。 座席定員をいつの間にか上回り立って乗車される方も多くおられた,石巻駅をこの5560Dよりも26分後の8時37分発の仙石線は仙台駅に9時56分に着くことから所要時間は14分早いことになるが クロスシートに座れた場合の快適さは時間以上の物があるように感じたが 仙台駅で下車されていった方々は疲れもみせず足早やに乗り換え通路に上がっていかれた。